「元祖バラドル」として親しまれ、現在もテレビやイベントなどで活躍を続けている松本明子さん。
明るく親しみやすいキャラクターで知られる松本明子さんですが、実はその家系を調べてみると、丸亀藩の武士や旧日本陸軍の大佐、さらに初代丸亀市長などにつながるといわれています。
特に注目されているのが、「松本明子さんの母方は丸亀藩家老の家系だった」という情報です。
松本明子さん自身も、祖母の先祖が丸亀藩の武士だったことや、実家に日本刀や刀掛けなどが残されていたことを明かしています。
一方で、祖父については「初代丸亀市長だった」という情報もあり、松本明子さんは由緒ある家柄で育ったのではないかと関心を集めています。
そこで今回は、
松本明子の先祖は丸亀藩の武士だった?
松本明子の母方は丸亀藩家老の家系!
松本明子の祖父は初代丸亀市長だった?
以上の3つの観点から、松本明子さんの家系について詳しく見ていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
松本明子の先祖は丸亀藩の武士だった?

松本明子さんの先祖について調べると、祖母の先祖が丸亀藩の武士だったことが分かります。
松本明子さんは、香川県高松市に残されていた実家の家財整理について語った際、祖母の先祖がもともと丸亀藩の武士だったと明かしています。
実家には、先祖から受け継がれてきたとみられる日本刀や刀掛け、漆器などの古い品々が残されていました。
さらに、陸軍大佐だった祖父の勲章やサーベル、明治・大正期の紙幣なども保管されていたそうです。(ゴールドオンライン)
これらの品々からも、松本明子さんの家が長い歴史を持つ家系だったことがうかがえます。
丸亀藩とは、現在の香川県丸亀市周辺を治めていた藩です。
江戸時代には京極氏が藩主を務め、丸亀城を中心とする城下町が形成されました。
藩士たちは藩主を支え、行政や軍事、領内の治安維持などを担当していました。
松本明子さんの祖母の先祖も、そのような丸亀藩に仕える武士の一人だったのでしょう。
松本明子さんは、実家じまいを進める中で、こうした歴史的な家財を一つずつ整理しなければならなかったといいます。
日本刀などは一般のごみとして処分できないため、警察への確認や専門業者への相談が必要になる場合があります。
代々受け継がれてきた品には思い出や歴史的な価値もあり、処分するか残すかを判断するだけでも大変だったのではないでしょうか。
松本明子さんの実家から多くの骨董品が見つかった背景には、丸亀藩士につながる家系の歴史があったのです。
松本明子の母方は丸亀藩家老の家系!

松本明子さんの家系について、さらに驚くべき情報が明らかになっています。
日本銀行の広報誌「にちぎん」に掲載された松本明子さんのエッセイによると、父方の祖父は陸軍大佐で、母方は丸亀藩家老の家系だったと本人が説明しています。(日本ボードゲーム協会)
これまで松本明子さんは、実家整理に関するインタビューなどで「祖母の先祖は丸亀藩の武士」と話していました。
そのため、一般の藩士だったのか、家老などの重臣だったのかははっきりしていませんでした。
しかし、今回の本人による説明から、母方が丸亀藩の家老につながる家系だったことが確認できます。
家老とは、藩主を補佐して藩の政治や財政を取り仕切った重臣のことです。
現代でたとえるなら、組織の運営を任される最高幹部に近い立場だったと考えられます。
藩によって制度は異なりますが、家老は藩士の中でも特に高い地位にあり、藩主の代理として重要な判断を行うこともありました。
つまり、松本明子さんの母方は単に武士の家系というだけでなく、丸亀藩の運営に関わる立場にあった可能性があります。
ただし、具体的にどの人物が家老を務めていたのか、何代にわたって家老職に就いていたのかなど、詳しい系図までは一般に公表されていません。
そのため、「松本明子さんの先祖の名前」や「丸亀藩での役職」を推測で断定することは避けたほうがよいでしょう。
また、「丸亀藩家老の家系」と「初代丸亀市長だった祖父」は、同じ人物や同じ家系を指しているとは限りません。
松本明子さん本人の説明では、丸亀藩家老につながるのは母方で、陸軍大佐だった祖父は父方とされています。
複数の由緒ある家系が、松本明子さんの両親の結婚によって一つにつながったと考えると分かりやすいでしょう。
松本明子の祖父は初代丸亀市長だった?

松本明子さんの祖父については、初代丸亀市長を務めた人物だったと紹介されています。
過去のインタビューでは、聞き手から「おじいさんが丸亀市の初代市長だった」と質問されており、松本明子さんもその前提で幼少期や家庭環境について語っています。(フクポン)
祖父の名前は、松本昌次さんとされています。
また、松本明子さんの公式ブログでは、祖父が元陸軍大佐だったことが紹介されています。
NHKの番組『ファミリーヒストリー』が放送された際にも、松本明子さんは「元陸軍大佐だった祖父」の激動の歳月が取り上げられると告知していました。(アメーバブログ(アメブロ))
実家には、祖父が所有していた勲章や軍用のサーベルなども残されていたといいます。
ただし、ここで注意したいのは、「丸亀藩家老」と「陸軍大佐・初代丸亀市長」が、必ずしも同じ人物につながる情報ではないことです。
松本明子さん自身の説明を整理すると、家系は次のようになります。
母方は、丸亀藩家老につながる武士の家系。
父方の祖父は、旧日本陸軍の大佐を務めた人物。
さらに、その祖父が初代丸亀市長だったと紹介されています。
松本明子さんは、父方も母方も厳格な家庭だったと振り返っています。
両親はそのような環境で育ったため、家庭内ではぜいたくをせず、お金の教育にも厳しかったそうです。(日本ボードゲーム協会)
松本明子さんが芸能界でも有名な節約家となった背景には、こうした家族の教えがあったのかもしれません。
一方で、15歳だった松本明子さんは、親が考えた人生ではなく自分の夢を選び、アイドル歌手を目指して香川県から上京しました。
丸亀藩家老や陸軍大佐、市長につながる厳格な家系に育ちながらも、自らの力で芸能界への道を切り開いたのです。
まとめ
今回は、「松本明子の先祖は丸亀藩の武士!祖父は初代丸亀市長の名家だった?」と題して、松本明子さんの家系について紹介しました。
松本明子さんの祖母の先祖は、江戸時代に丸亀藩に仕えた武士でした。
さらに松本明子さん本人のエッセイによって、母方は丸亀藩家老の家系だったことが明らかになっています。
実家には、日本刀や刀掛け、代々伝わる漆器などが残されており、武士の家系としての歴史を感じさせる品が数多く保管されていました。
一方、父方の祖父は旧日本陸軍の大佐で、初代丸亀市長を務めた人物だったと紹介されています。
つまり松本明子さんは、母方に丸亀藩家老の家系、父方に陸軍大佐や市長を務めた人物を持つ、歴史ある家庭で育ったことになります。
親しみやすく飾らないキャラクターで愛されている松本明子さんですが、そのルーツには、丸亀藩の武士から受け継がれてきた意外な歴史が隠されていました。
それでは、ありがとうございました!

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