高須幹弥はなぜボディビルに挑戦?筋トレ歴や大会成績を調査

高須クリニック名古屋院の院長として知られる美容外科医・高須幹弥さん。

美容医療に関する情報だけでなく、政治や経済、時事問題などについてもYouTubeで発信しており、幅広い層から注目を集めています。

そんな高須幹弥さんが、近年本格的に取り組んでいるのがボディビルです。

2024年に「ジュラシックカップ」でボディビル大会デビューを果たすと、2025年にはサイヤマングレートさんとの1対1の対決にも出場。さらに2026年8月には、3戦目となる大会を控えています。(Web Magazine VITUP! [ヴィタップ])

多忙な美容外科医である高須幹弥さんは、なぜボディビル大会に挑戦するようになったのでしょうか。

今回は、高須幹弥さんがボディビルに挑戦した理由をはじめ、子供の頃から続く筋トレ歴や、これまでの大会成績について調査しました。

目次

高須幹弥はなぜボディビルに挑戦した?

高須幹弥さんがボディビルに挑戦した背景には、単に筋肉を大きくしたいという思いだけでなく、自分に自信を持つことや、トレーニングの目標を作るという目的があるようです。

大会出場が筋トレの大きな目標になった

高須幹弥さんは、2024年に出場したジュラシックカップを振り返り、大会という大きな目標ができたことで、普段よりも筋トレの量が自然に増えたと話しています。

減量やポージング練習など、初めて経験することも多かった一方、コンテストに出場することがトレーニングへのモチベーションにつながったようです。

初出場後には、ただ筋トレを続けるだけでなく、大会という目標を設定することの重要性を実感したと語っていました。(LISTEN)

つまり、高須幹弥さんにとってボディビル大会は、日頃のトレーニングの成果を試す場所であると同時に、自分をさらに成長させるための目標になっているのでしょう。

筋トレで失った自信を取り戻した経験

高須幹弥さんは、医師として働き始めてから仕事が忙しくなったことや、ゴルフに熱中したことなどを理由に、約14年間筋トレから離れていた時期がありました。

その後、37歳頃に鏡に映った自分の体型を見て衝撃を受けたことから、スポーツジムに入会して筋トレを再開したと明かしています。

トレーニングを続けて徐々に引き締まった体を取り戻すと、失いかけていた自信も回復したそうです。高須幹弥さんは、この経験から見た目に対する自信と心の自信には深い関係があると感じるようになりました。(フィットネスラブ)

ボディビルへの挑戦には、筋肉を鍛えることで自分自身を前向きに変えられたという、実体験が大きく影響していると考えられます。

美容外科医として筋トレの大切さを伝えたい

高須幹弥さんは、美容外科を訪れる患者に対して、施術だけでなく筋トレを勧めることがあると話しています。

特に、自分に自信がないことを理由に美容整形を考えている人に対しては、自分の努力によって得られた変化も自信につながるという考えを伝えているそうです。

美容医療を否定しているわけではありませんが、医療だけに頼るのではなく、運動や食事管理など本人の努力によって体を変えることも大切だと考えているのでしょう。

美容外科医として外見の悩みに向き合ってきたからこそ、自らボディビルに挑戦する姿を見せることにも意味があるのかもしれません。(フィットネスラブ)

高須幹弥の筋トレ歴は小学生から

高須幹弥さんの筋トレ歴を調べると、実はボディビル大会への出場を決めるよりも、はるか昔から体を鍛えていたことが分かりました。

小学生時代はブルース・リーに憧れていた

高須幹弥さんが体を鍛えることに興味を持ったのは、小学3年生頃だったといいます。

子供の頃に人気を集めていたブルース・リーさんやジャッキー・チェンさんに憧れ、「強い男になりたい」と考えたことがトレーニングの原点でした。

ヌンチャクやトンファーを使った練習にも夢中になり、本人の中では遊びというよりも「修行」に近い感覚だったようです。(フィットネスラブ)

現在の鍛え上げられた体や、ストイックに大会へ挑戦する姿勢には、少年時代に抱いた強さへの憧れが受け継がれているのでしょう。

中学から大学までは柔道部に所属

中学生になると柔道を始め、その後は大学時代まで柔道部で活動しました。

本格的なウエイトトレーニングに触れたのも、柔道の補強運動がきっかけだったといいます。

高校時代には仲間とベンチプレスに取り組み、記録が伸びることに楽しさを感じていました。最終的にはベンチプレスで100キロを持ち上げられるようになったそうです。(フィットネスラブ)

ボディビル競技への挑戦は40代になってからですが、筋力トレーニングそのものについては長い経験があったことになります。

筋トレ再開後は週5日ほどトレーニング

37歳頃に筋トレを再開した高須幹弥さんは、仕事への影響を考慮しながらトレーニングを続けてきました。

2024年のインタビューでは、平均して週5日、1回1時間ほどトレーニングしていると説明しています。

美容外科医として手術や診察を行うため、疲労を残さない範囲で継続することを重視しているようです。(フィットネスラブ)

大会前には通常よりもトレーニング量を増やし、減量やポージング練習にも取り組んでいます。長時間の練習を一度に行うのではなく、多忙な仕事と両立できる形で継続してきたことが、高須幹弥さんの大きな強みといえそうです。

高須幹弥のボディビル大会成績は?

高須幹弥さんは2024年にボディビル大会へ初出場し、2026年に3戦目を迎えます。

ここでは、これまでの大会結果と次の対戦について見ていきましょう。

2024年にジュラシックカップでデビュー

高須幹弥さんは2024年、合戸孝二さんと木澤大祐さんが主催する「ジュラシックカップ」のノービスクラスに出場しました。

これが高須幹弥さんにとって、初めてのボディビル大会でした。

本人の報告によると、約40人が出場したレベルの高いクラスで、結果は一次ピックアップ審査までとなり、上位12人には残れませんでした。

順位はつかなかったものの、減量やカラーリング、ポージングなどを初めて経験し、大会出場によって筋トレへの意欲が大きく高まったと振り返っています。(LISTEN)

初出場で結果を残すことはできませんでしたが、ボディビルダーとして次のステージを目指すきっかけになった大会だったといえるでしょう。

2025年はサイヤマングレートと対戦

2025年には、ジュラシックカップで新設された1対1形式の「バトルオブボディビルディング」に招待選手として出場しました。

対戦相手は、筋トレYouTuberとして知られるサイヤマングレートさんです。

高須幹弥さんは前年よりもトレーニング頻度を増やし、日本体育大学教授の「バズーカ岡田」こと岡田隆さんからポージング指導を受けました。

体の日焼けやタンニングローション、カーボローディングなども取り入れ、前年以上に本格的な調整を行ったものの、対戦結果はサイヤマングレートさんの勝利となりました。(フィットネスラブ)

敗れはしたものの、高須幹弥さんは試合後に全力を出し切ったと振り返っており、前年からの成長を感じられるステージになったようです。

2026年の3戦目は「なーすけ」と対戦

高須幹弥さんの3戦目は、2026年8月23日に愛知県の岡谷鋼機名古屋公会堂で行われる、1対1ボディビル「KING OF KINGS」です。

初戦では、筋トレインフルエンサーのなーすけさんと対戦します。

なーすけさんにとって本格的なボディビルへの参戦は初めてですが、これまでフィジーク競技のステージを経験しているため、ポージングにも強い相手とみられています。

高須幹弥さんは大会に向けて日本体育大学を訪れ、岡田隆さんの指導を受けながら、学生たちに交じってポージングを練習しました。

筋肉は大きさや絞りだけでなく、ステージ上でどのように見せるかも重要です。高須幹弥さんは、練習動画を自宅でも見直し、ポージングでなーすけさんに勝てるように練習すると意気込んでいます。(Web Magazine VITUP! [ヴィタップ])

過去2戦の経験を生かし、3戦目で初勝利をつかめるのか注目されます。

まとめ

今回は、高須幹弥さんがボディビルに挑戦した理由や、筋トレ歴、これまでの大会成績について紹介しました。

高須幹弥さんは小学3年生頃から強い男性に憧れて体を鍛え、中学から大学までは柔道に取り組んでいました。医師になってから約14年間筋トレを離れたものの、37歳頃に自分の体型の変化をきっかけとしてトレーニングを再開しています。

筋トレによって体だけでなく自信も取り戻した経験が、美容外科を訪れる患者にトレーニングの大切さを伝える現在の考え方につながっているようです。

2024年のジュラシックカップでは一次ピックアップ審査まで、2025年のサイヤマングレートさんとの対戦では敗北という結果でした。

しかし、出場を重ねるごとにトレーニングや減量、ポージングへの取り組みは本格的になっています。

2026年8月23日の3戦目では、フィジーク経験を持つなーすけさんとの対戦が予定されています。多忙な美容外科医として働きながら挑戦を続ける高須幹弥さんが、初勝利を挙げられるのか注目したいですね。

それでは、ありがとうございました!

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