ドラマや舞台で圧倒的な存在感を放つ高畑淳子さんも、今年で俳優生活50年。
71歳となった今、華やかな活躍の裏側にあった「壮絶な下積み生活」をテレビ番組で語り、大きな反響を呼んでいます。
今回は、母として子供たちを育て上げ、苦労を糧にトップ女優へと上り詰めた彼女の軌跡を振り返ります。
そこで今回は。
高畑淳子の俳優生活50年。
高畑淳子の驚きのアルバイト遍歴
高畑淳子の一番時給が高かったのはバブル期のあの仕事!
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
高畑淳子の俳優生活50年。

黒柳徹子さんの「徹子の部屋」に出演した高畑さんは、50年という長いキャリアを振り返り、「私、半分くらいは役者じゃなかったですから」と意外な本音を漏らしました。
劇団青年座の看板女優として知られる彼女ですが、若手時代は演技の仕事だけでは食べていけず、生活のためにあらゆるアルバイトに明け暮れる毎日だったそうです。
今でこそ「大物」と呼ばれる彼女にも、出口の見えない暗い下積み時代が長く続いていた事実に驚かされます。
高畑淳子の驚きのアルバイト遍歴

高畑さんが経験したアルバイトは、実にバラエティ豊かです。
- スナックの店員: 当時は手軽で、多くの役者仲間が働いていた場所。
- 彫刻のモデル: じっとポーズを取り続ける忍耐が必要な仕事。
- 水泳のコーチ: 持ち前のバイタリティを活かした職種。
なかでも黒柳徹子さんが「すごいですね」と驚いたのがスナック。
しかし、高畑さんにとっては、生活を守りながら夢を追うための「日常」の一部に過ぎなかったようです。
高畑淳子の一番時給が高かったのはバブル期のあの仕事!

数あるアルバイトの中で、高畑さんが「一番時給が高かった」と振り返るのが、バブル期に経験した「パーティーコンパニオン」です。
着物に身を包み、会場で「いらっしゃいませ、どうぞ前へお進みください」と案内する仕事。
優雅に見えますが、実はかなりの重労働。
高畑さんは当時を振り返り、「人が飲み食いしているのをじっと見ているので、終わった後は(反動で)倍ぐらい食べちゃう」とユーモアたっぷりに語り、笑いを誘いました。
この、食欲を我慢しながら気品を保つという経験も、もしかすると今の「何でも演じきる」表現力に繋がっているのかもしれません。
まとめ
高畑淳子さんの子供たちも、母がこうして泥臭く、必死に自分たちを育て、芸の道を切り拓いてきた姿を見て育ったはずです。
「50年のうち半分は役者じゃなかった」という言葉には、苦労を隠さず笑いに変える彼女の強さと、プロとしての矜持が詰まっていました。
華やかな舞台裏に隠された、バイタリティ溢れる下積みエピソード。
これを知ると、彼女の演じる役柄がより一層深く、魅力的に感じられますね。
それでは、ありがとうございました!

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