歌手やラジオパーソナリティとして活躍している坂本美雨さん。
父は世界的音楽家の坂本龍一さん、母はシンガーソングライターの矢野顕子さんという、まさに日本を代表する音楽一家に生まれました。
そんな坂本美雨さんですが、実は9歳という幼い頃に日本を離れ、アメリカ・ニューヨークへ移住しています。
なぜ小学生だった坂本美雨さんは突然ニューヨークへ渡ることになったのでしょうか。
調べてみると、その背景には坂本龍一さんと矢野顕子さんの音楽活動が大きく関係していました。
また、世界的な音楽家を両親に持つ華やかな家庭に見える一方、坂本美雨さん自身は、多忙な両親のもとで寂しさを抱えることもあったようです。
2026年8月10日放送予定の「徹子の部屋」でも、9歳で突然始まったニューヨーク生活や、英語が全く話せない状態から現地で奮闘した幼少期について語ることが予告されています。 (マイナビニュース)
そこで今回は、
坂本美雨さんが9歳でニューヨークへ移住した理由
坂本龍一さん・矢野顕子さんとの家族生活
ニューヨークで過ごした幼少期と現在への影響
という3つの観点から詳しく見ていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
坂本美雨はなぜ9歳でNYへ移住した?

坂本美雨さんがニューヨークへ移住したのは、1990年4月、9歳の時でした。
理由は、父・坂本龍一さんと母・矢野顕子さんが、音楽活動の拠点をニューヨークへ移したためです。
ワーナーミュージック・ジャパンの公式プロフィールにも、
9歳の時に両親が音楽活動の拠点をニューヨークに移したことをきっかけに家族で移り住む
と紹介されています。 (WMG)
つまり、坂本美雨さん本人が留学を希望したというより、両親の仕事をきっかけに家族そろって海外生活を始めたということになります。
当時の坂本龍一さんは、日本国内だけではなく世界を舞台に音楽活動を展開していました。
矢野顕子さんもまた国際的に活動するミュージシャンであり、ニューヨークは二人にとって音楽制作や活動を行う重要な拠点になっていったのでしょう。
その一方、当時わずか9歳だった坂本美雨さんにとって、生活環境が突然大きく変わることは決して簡単なことではありませんでした。
日本では小学3年生まで生活していましたが、ニューヨークへ移ると、そのまま現地の小学校へ通うことになります。
しかも、当時は英語を十分に話すことができなかったといいます。
坂本美雨さん自身も後年、9歳でニューヨークへ引っ越し、現地の小学校にいきなり通い始め、英語を実生活の中で身につけていったことを振り返っています。 (Sukusuku)
大人でも海外生活には戸惑うもの。
ましてや9歳の少女が、言葉も文化も違う環境へ突然放り込まれたわけですから、その苦労は相当なものだったのではないでしょうか。
坂本龍一・矢野顕子との家族生活はどんなものだった?

坂本美雨さんの家庭環境と聞くと、
「家ではいつも音楽が流れていたのでは?」
「坂本龍一さんから音楽を教えてもらっていたのでは?」
と想像する人も多いかもしれません。
実際、坂本美雨さんが育った環境は一般的な家庭とは少し違っていたようです。
本人によると、東京で暮らしていた頃の自宅には、坂本龍一さんや矢野顕子さんの仕事仲間が頻繁に出入りしていたといいます。
音楽家をはじめ、個性的で魅力的な大人たちに囲まれて成長した経験を、坂本美雨さんは後年、温かい記憶として振り返っています。 (婦人公論)
幼い頃から一流の音楽家やクリエイターが身近にいる。
そのような環境が、坂本美雨さんの感性や表現力に影響を与えた可能性は十分に考えられます。
しかし、華やかな環境だった一方で、寂しさもあったようです。
坂本美雨さんは過去のインタビューで、自分は子どもの頃から感情を表に出さず、寂しい時でも平気なように振る舞うことが多かったと明かしています。
坂本龍一さんも矢野顕子さんも世界を飛び回る多忙な音楽家。
そのため、美雨さんは自然と周囲の状況を察しながら行動するようになったようです。 (CHANTO WEB)
特に印象的なのが、両親がレコーディングやコンサートを控えている時には、子どもながらに「今は音楽を優先する時間」と感じ取っていたというエピソードです。
周囲の大人たちが坂本龍一さんや矢野顕子さんを支える姿を見て育ったため、
「今、自分は何をすべきなのか」
「相手は何を必要としているのか」
を自然に考えるようになったと振り返っています。 (好書好日)
世界的音楽家の家庭で育ったからこそ、幼い頃から大人の仕事や空気を敏感に感じ取る子どもになったのかもしれません。
坂本美雨のNYでの幼少期は過酷だった?

ニューヨークへ移住した坂本美雨さんは、その後10代の多くをニューヨーク郊外で過ごしています。
公式プロフィールによると、9歳から緑の多いニューヨーク郊外で生活し、1999年には現地の高校を卒業しています。 (WMG)
しかし、ニューヨーク生活のスタートは決して順風満帆ではありませんでした。
日本で小学3年生まで過ごした坂本美雨さんは、渡米後すぐに現地校へ入ります。
当然、授業も友達との会話も英語です。
2026年8月10日放送予定の「徹子の部屋」では、当時ほとんど英語が話せない状態から始まったニューヨーク生活について語る予定で、「過酷な移住生活」として紹介されています。 (マイナビニュース)
ただ、坂本美雨さんは教室や日常生活の中で英語に触れ、体当たりで覚えていったそうです。
その結果、英語力を身につける一方、日本の学校教育は小学3年生で途切れる形になりました。
坂本美雨さんは後年、自身の娘が小学3年生になった際、ちょうど自分がニューヨークへ移住した年齢と重なったことで当時を振り返っています。
日本語の本を読むことは好きだったため、読解力や語彙は自分で身につけてきたものの、漢字を書くことには今でも苦手意識があると明かしています。 (Sukusuku)
9歳で海外へ渡った経験は、英語を身につける大きなきっかけになった一方、日本語教育という面では独特の影響を残したようです。
NY生活が坂本美雨の音楽活動にも影響?
坂本美雨さんは、その後16歳で歌手デビューしています。
1997年、「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義で「The Other Side of Love」を歌ったことが音楽活動の大きなスタートとなりました。
当初は顔や本名を明かさない形でのデビューでしたが、その後は「坂本美雨」として本格的な歌手活動を開始します。 (ミウサカモト)
もちろん、
「ニューヨークで育ったから歌手になった」
と単純に結びつけることはできません。
しかし、幼い頃から日本とアメリカという異なる文化の中で暮らし、さらに坂本龍一さんや矢野顕子さんをはじめとする多くの音楽家に囲まれて育った経験は、美雨さん独自の感性を形成する一つの要素になったと考えられます。
興味深いのは、現在、坂本美雨さん自身が母親となり、自分の幼少期を改めて振り返っていることです。
2015年に長女を出産してからは子育てについても積極的に発信しており、娘との生活を通して、自分が坂本龍一さんや矢野顕子さんからどのように育てられたのかを見つめ直すようになったと語っています。 (婦人公論)
かつて9歳で突然ニューヨークへ渡った少女が、今では自分の娘に英語を教える母親になっていることを考えると、どこか感慨深いものがありますね。
まとめ
今回は「坂本美雨はなぜ9歳でNYへ?坂本龍一・矢野顕子との家族生活や幼少期を調査」と題して、坂本美雨さんの幼少期について紹介しました。
坂本美雨さんが9歳でニューヨークへ移住した理由は、父・坂本龍一さんと母・矢野顕子さんが音楽活動の拠点をニューヨークへ移したためでした。
1990年4月に家族で渡米し、それまで日本の小学3年生だった美雨さんは、英語も十分に話せない状態で現地の学校生活をスタートします。
世界的な音楽家を両親に持ち、多くのクリエイターが出入りする刺激的な家庭で育った一方、多忙な両親に甘えられず、子どもながらに周囲の状況を察して行動する面もあったようです。
そうした日本とニューヨークでの経験を経て、16歳で歌手としてデビュー。
現在は自身も一児の母となり、娘を育てる中で、自分自身の幼少期や坂本龍一さん、矢野顕子さんとの関係を改めて見つめ直しています。
坂本美雨さんの独特な感性や優しい歌声の背景には、音楽一家という環境だけではなく、9歳から経験したニューヨークでの生活や、幼い頃に感じていたさまざまな思いも少なからず影響しているのかもしれません。
それでは、ありがとうございました!

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