元木大介さんの“華麗すぎるクルマ遍歴”が話題になっています。
高校時代から甲子園のスターとして注目され、巨人入団後はプロ野球選手として活躍。
そのキャリアとともに、愛車のラインナップもどんどん豪華になっていったようです。
今回あらためて注目されたのは、元木さん本人が語った「これまで乗ってきたクルマ」の数々。
初めて買ったホンダ・レジェンドを皮切りに、メルセデス・ベンツ、フェラーリ、ランボルギーニ、ハマー、ベントレー、そして現在のレクサスLXまで、まさに“夢のような愛車歴”が並んでいます。
しかも単なる高級車好きというだけではなく、車ごとにその時代の気分やライフスタイル、さらには現役生活や引退後の価値観まで見えてくるのが面白いところです。
そこで今回は、元木大介さんの車遍歴を時系列で整理しながら、印象的な愛車や本人のコメントのポイントをわかりやすくまとめていきます。
そこで今回は、
元木大介の車遍歴の始まりはホンダ・レジェンド!
元木大介の車遍歴のテンションが上がる車へのこだわりがすごい
元木大介の車遍歴の家族を意識した車選びの変化にも注目
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
元木大介の車遍歴の始まりはホンダ・レジェンド!

元木大介さんの車遍歴のスタートは、ホンダ・レジェンドでした。
しかも初めて買ったのは、ワインレッドの2ドア・ハードトップモデル。
かなり絵になる1台だったことが想像できます。
元木さんは大阪の上宮高校時代から、甲子園を沸かせたスター選手でした。
高校卒業後に免許を取得し、19歳でこのレジェンドを購入したといいます。
当時のレジェンドは高級感もあり、若者が憧れる存在でもありました。
初めての愛車としてはかなり華やかな選択ですが、当時から“クルマ好き”だったことがよく分かります。
ただ、すぐに東京で乗り回していたわけではありません。
巨人入団後もしばらくは球団からマイカー運転の許可が出ておらず、車は大阪の実家に置いたままだったそうです。
実際に東京へ持ってきて乗るようになったのは、入団から3年ほど経ってから。そこから元木さんの本格的な愛車人生がスタートします。
そしてレジェンドの次に選んだのが、メルセデス・ベンツ500SL(R129型)。
このあたりから一気に“プロ野球選手の愛車”らしい世界に入っていきます。
本人いわく、当時の球場駐車場にはメルセデスがずらりと並び、野球選手にとって一種のステータスシンボルだったとのこと。
若くしてスター選手として活躍し始めた元木さんが、20歳そこそこでベンツオーナーになったというのは、まさに時代を象徴するエピソードといえそうです。
その後は600SEへ乗り換え、さらにS600、G350、G600、Vクラス、S600Lなど、複数のメルセデスを乗り継いでいったそうです。
本人も「順番を覚えていないほど」と話しているように、ベンツ時代はかなり長く、そして濃かったことが分かります。
この時点でも十分すごいのですが、元木さんの車遍歴はここからさらに派手さを増していきます。
元木大介の車遍歴のテンションが上がる車へのこだわりがすごい

元木大介さんの車遍歴を語るうえで外せないのが、フェラーリやランボルギーニといったスーパーカーです。
最初に手にしたスポーツカーは、フェラーリF355F1。
この車について元木さんは、2ペダルのセミオートマチックシステムに強い魅力を感じたと語っています。
さらに印象的なのが、3.5リッターV8エンジンのサウンドへのこだわりです。
トンネルの中でシフトダウンし、その咆哮を楽しむ――そんなエピソードからは、“ただ所有するだけではなく、本当に運転そのものを楽しんでいた”ことが伝わってきます。
元木さんにとってフェラーリは、単なる高級車ではなく、野球のことを忘れられる特別な存在だったようです。
プレッシャーの大きいプロ野球の世界で戦う中、運転に集中する時間が気持ちの切り替えになっていたのでしょう。
信号待ちで人に見られることすら「面白かった」と振り返っており、当時の高揚感がよく伝わります。
しかもこのF355F1を手に入れた年に、元木さんはオールスター初選出を果たしています。
活躍の時期と愛車の華やかさが重なるあたりも、なんともスターらしい話です。
翌年にはフェラーリが360モデナへと変わり、その後しばらくして再びスポーツカー路線に戻ったときに選んだのが、ランボルギーニ・ガヤルドでした。
ガヤルドについては、「少し小さいスーパーカーが出ると知って面白いと思った」「アウディの手が入っていて信頼性も上がると思った」と語っています。
単に派手なブランドに惹かれたのではなく、車としての完成度や扱いやすさにも目を向けていたことがうかがえます。
元木さんは、フェラーリやランボルギーニを“テンション上げクルマ”と表現しています。
休みの日に気晴らしで走らせ、運転だけに集中することで気持ちをスッキリさせる――この感覚は、クルマ好きの人なら共感する部分も大きいのではないでしょうか。
豪華な愛車遍歴というと、どうしても“見せるため”のイメージが先行しがちですが、元木さんの場合はむしろ逆で、自分の時間を取り戻すための道具としてスポーツカーを愛していたようにも見えます。
そこが、この車歴をより魅力的にしているポイントかもしれません。
元木大介の車遍歴の家族を意識した車選びの変化にも注目

元木大介さんの車遍歴の中でも、とくにインパクトが強いのがハマーH2のエピソードです。
32歳の頃、元木さんはハマーH2とクライスラー300Cの2台持ちだったそうです。
この時点でもかなり豪華ですが、さらに驚くのはハマーの改造内容。
車両本体価格とほぼ同額をカスタムにかけ、内外装ともに大幅改造。
大径タイヤ、複数のモニター、こだわりの音響、後席のリムジン仕様など、かなり徹底したカスタムだったようです。
当時はヒップホップにハマっていたこともあり、その影響を受けた“ヒップホップ系の改造”を施したと笑いながら振り返っています。
いまでは「バカなことをした」と話しているものの、その時代ごとの気分を全力で車に反映させていたところに、元木さんらしい豪快さが感じられます。
さらに、ハイエースをロリンザー仕様に改造した話や、Sクラスの内装を全部スウェードに張り替えた話まで飛び出しており、単に高級車を乗り換えるだけでなく、“自分仕様に作り込む楽しさ”も味わっていたことがわかります。
そんな華やかな車歴の中で、本人が「一番いいクルマだった」と振り返ったのが、ベントレー・フライングスパーです。
その理由として挙げているのが、
- 落ち着きがある
- カッコいい
- 上品
という3点。
派手さだけではなく、品格や成熟した魅力を感じていたことが伝わってきます。
若い頃の“テンションが上がる車”とはまた違う価値観で選ばれた1台だったのでしょう。
しかもフライングスパーを手に入れた年は、元木さんが現役を引退した年でもあります。
つまりこの車は、単なる高級セダンではなく、ひとつの時代の区切りを象徴する存在でもあったわけです。
そう考えると、「一番いいクルマだった」という言葉にも重みがあります。
そして現在の愛車は、レクサスLX。
2021年に購入したとされ、現在は仕事はもちろん、子どもの野球の試合の送迎などでも活躍しているそうです。
群馬、茨城、静岡まで自ら運転して行くというのですから、本当に運転好きなのだと分かります。
今のクルマ選びについて元木さんは、「いまは自分というより家族のため」と語っています。
かつてのフェラーリやランボルギーニのような“自分の気分を上げる車”から、現在は家族を乗せる実用性の高いSUVへ。
ここには年齢や立場の変化だけでなく、人生の優先順位の変化も表れているように見えます。
それでも「子どもの手が離れてジジイになったら、もう一度スポーツカーに乗りたい」と語っているのが、なんとも元木さんらしいところ。
車好きの情熱は、今もまったく消えていないようです。
まとめ
元木大介さんの車遍歴を振り返ると、単なる高級車自慢ではなく、その時々の人生や価値観が反映された愛車の歴史だったことがよく分かります。
最初のホンダ・レジェンドには若さと憧れがあり、メルセデス時代にはプロ野球選手としてのステータスがありました。
フェラーリやランボルギーニには気分を解放する役割があり、ハマーやハイエースの改造には“その時代の元木さんらしさ”が詰まっていました。
そしてベントレー・フライングスパーには、現役引退の節目を迎えた大人の落ち着きがにじんでいます。
現在はレクサスLXに乗り、家族のため、そして自分だけの時間を持つためにハンドルを握っている元木さん。
若い頃の派手なスーパーカー遍歴も魅力的ですが、今の“家族を意識した車選び”まで含めて見ると、より味わい深いエピソードに感じられます。
そして何より印象的なのは、元木さんにとってクルマがずっと自分を整えるための大切な空間だったということ。
いつか再びスポーツカーに乗る日が来たとき、その姿もまたきっと絵になるはずです。
それでは、ありがとうございました!

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