小型モーターの世界的メーカー「マブチモーター」を兄とともに築き上げた創業者・馬渕隆一(まぶち・たかいち)さん。
2026年8月7日に93歳で亡くなり、同月21日に訃報が伝えられました。
馬渕隆一さんは1954年、実兄の馬渕健一さんとともにマブチモーターの前身となる東京科学工業を設立。
その後、1985年に社長へ就任し、同社を世界有数の小型モーターメーカーへと成長させました。(ライブドアニュース)
華々しい経営者人生を歩んだ一方、私生活では2002年に妻と長女を事件で失うという、あまりにも大きな悲劇を経験しています。
「馬渕隆一さんの妻はどんな人だったの?」「子供は長女だけ?」「兄の馬渕健一さんとはどんな関係だった?」と気になる方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、
馬渕隆一の家族構成と子供
馬渕隆一が妻と長女を失った2002年の事件
馬渕隆一と兄・馬渕健一の関係
この3つの観点から、公表されている情報を中心に詳しく見ていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
馬渕隆一の家族構成は?妻と3人の子供がいたとされる

馬渕隆一さんの家族について調べると、妻は馬渕悦子さんで、子供については長男、次男、長女の3人がいたとする資料が確認できます。
人事興信録を出典として家系をまとめている資料では、妻は山本悦子さんで、子供として長男・馬渕寿道さん、次男・馬渕誠也さん、長女・馬渕由香さんの名前が掲載されています。(閨閥学)
つまり、この資料に基づけば、馬渕隆一さんは2男1女の父親だったことになります。
妻の悦子さんは、2002年の事件当時66歳。
長女の由香さんは40歳だったと報じられています。朝日新聞の過去の報道でも、事件当時の被害者について「妻悦子さん」と「長女由香さん」と伝えられています。(A902 News)
一方、2人の息子については、父親が世界的企業の創業者であるにもかかわらず、一般向けメディアで詳しい経歴や私生活が紹介される機会はほとんどありません。
なお、公益財団法人マブチ国際育英財団の2026年6月現在の役員名簿には「馬渕寿道」氏が常務理事として掲載されています。(まぶち株式会社)
ただし、財団公式ページでは馬渕隆一さんとの親子関係までは明記されていないため、同一人物であると断定するのは避けた方がよいでしょう。
著名な創業者一族ではありますが、家族のプライバシーについては比較的慎重に守られてきたことがうかがえます。
馬渕隆一は妻と長女を2002年の事件で失っていた
馬渕隆一さんの人生を語るうえで避けて通ることができないのが、2002年8月に起きた事件です。
当時、馬渕隆一さんはマブチモーターの社長を務めていました。
2002年8月5日、千葉県松戸市にあった馬渕隆一さんの自宅で、妻の悦子さんと長女の由香さんが殺害され、住宅が放火される事件が発生しました。
2026年8月の訃報でも、この出来事について「妻と長女が殺害され自宅が放火される事件に見舞われた」と改めて報じられています。(ライブドアニュース)
突然、妻と娘を同時に失うことになった馬渕隆一さん。
事件後も捜査は長期化しました。
そこで遺族らは2004年、有力な情報の提供者に対して最高1000万円の謝礼金を用意し、広く情報提供を呼びかけました。
その後、2005年に容疑者が逮捕されています。(ライブドアニュース)
経営者として数々の困難を乗り越えてきた馬渕隆一さんにとっても、最愛の妻と娘を失った悲しみは計り知れないものだったでしょう。
ただ、馬渕隆一さんはその後、社会への支援にも力を注いでいます。
特に注目されるのが、2005年3月に設立された公益財団法人マブチ国際育英財団です。
同財団は馬渕隆一さんが個人資産を拠出して設立したもので、経済的な理由で学業継続が困難な国内外の学生への奨学援助などを行っています。(まぶち株式会社)
大きな悲劇を経験した後も、次世代の若者を支援する活動を続けたことは、馬渕隆一さんの晩年を知るうえでも重要な一面といえそうです。
馬渕隆一と兄・馬渕健一は二人三脚でマブチモーターを世界企業へ
馬渕隆一さんの家族を語るうえでもう一人欠かせない人物が、実兄の馬渕健一さんです。
マブチモーターの歴史は、健一さんが1946年に香川県高松市で開設した「関西理科研究所」から始まりました。
その後、兄弟は上京。
1954年、東京都葛飾区にマブチモーターの前身となる東京科学工業株式会社を設立し、本格的なモーターの製造・販売に乗り出しています。(マブチモーター)
兄の健一さんが技術開発や事業の基礎を築き、隆一さんも経営の中心人物として会社の発展を支えていきました。
1985年には隆一さんがマブチモーター社長に就任。
その後、自動車電装機器や音響機器など幅広い分野へ小型モーターの用途を拡大し、マブチモーターは世界的メーカーへ成長していきます。
2026年の訃報でも、隆一さんについて「実兄の故健一さんと二人三脚」で小型モーターの開発・製造に取り組み、会社を世界トップクラスのメーカーへ育てた人物として紹介されています。(ライブドアニュース)
兄弟で小さなモーター工場から世界企業を築き上げたという歩みは、まさにマブチモーターの原点だったといえるでしょう。
また、馬渕隆一さんは2013年に取締役を退任した後も名誉会長を務め、長年にわたって会社を見守り続けました。(マブチモーター)
2025年12月末時点でも、馬渕隆一さんはマブチモーター株を1000万1600株、持株比率8.1%保有する大株主として名前が掲載されていました。(マブチモーター)
兄とともに創業した会社との関係は、晩年まで非常に深いものだったことが分かります。
まとめ
今回は、マブチモーター創業者・馬渕隆一さんの家族構成や妻、子供、そして兄・馬渕健一さんとの関係について調べました。
馬渕隆一さんには妻の悦子さんがおり、人事興信録をもとにした公開資料では、長男・寿道さん、次男・誠也さん、長女・由香さんという2男1女がいたとされています。
しかし2002年8月、妻の悦子さんと長女の由香さんが自宅で起きた事件によって亡くなるという、非常につらい出来事に見舞われました。
事件後、遺族らは最高1000万円の謝礼金を設けて情報提供を呼びかけ、その後の容疑者逮捕へとつながっています。
一方、仕事の面で馬渕隆一さんを語るうえで欠かせないのが、実兄の馬渕健一さんです。
兄弟は1954年に東京科学工業を設立し、二人三脚で事業を拡大。小さなモーターから始まった会社を、世界有数の小型モーターメーカー「マブチモーター」へと成長させました。
最愛の家族を失うという大きな悲劇を経験しながらも、会社経営だけでなく、個人資産を投じて奨学財団を設立し若者の教育支援にも取り組んだ馬渕隆一さん。
2026年8月7日、93歳でその生涯を閉じましたが、兄と築いたマブチモーター、そして次世代を支援する活動には、馬渕隆一さんの思いが今も受け継がれているといえるでしょう。
それでは、ありがとうございました!

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