現役の警察官でありながら、プロボクサーとして日本ランキング入りを果たしていた杉田ダイスケさん。
本名は杉田大祐さんで、警視庁の巡査長として勤務する一方、「ポリスボクサー」としてリングに立ち続けた異色の存在でした。
そんな杉田さんについて、2026年6月1日に突然の訃報が伝えられました。
正確には、2026年5月30日に勤務先で倒れているところを発見され、その後死亡が確認され、6月1日に警視庁町田署が死亡を発表しています。
享年37歳でした。(日刊スポーツ)
突然の知らせを受け、
「杉田ダイスケは結婚していた?」
「嫁はどんな人?」
「子供は何人いるの?」
「高校や大学など学歴は?」
と、家族やこれまでの人生について関心を持った方も多いのではないでしょうか。
杉田さんは結婚しており、3人の子供を持つ父親でした。
本人もSNSで自らを「三児の父」と表現し、子供たちに本気で挑戦する父親の姿を見せたいという思いを綴っていました。(X (formerly Twitter))
そこで今回は、
杉田ダイスケの嫁や3人の子供との家族生活
杉田ダイスケの学歴・経歴と警察官ボクサーへの道
杉田ダイスケの両親への思いと37歳での突然の訃報
以上の3つの観点から詳しく見ていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
杉田ダイスケの嫁や子供は?3児の父だった

杉田ダイスケさんは結婚しており、妻と3人の子供がいました。
妻は一般の方のため、名前や年齢、詳しい職業などは公表されていません。
そのため、ネット上に出ている憶測だけで妻の素性を特定するような情報は避けた方がよいでしょう。
一方、家族の存在そのものについては複数の情報から確認できます。
杉田さん自身がSNSで、
「37歳、三児の父」
と明かし、子供たちに誇れる背中を見せられているかは分からないものの、父親も本気で挑戦している姿を伝えたいという趣旨の思いを綴っていました。(X (formerly Twitter))
この投稿からも、杉田さんにとってボクシングは自分だけの夢ではなく、子供たちに何かを伝えるための挑戦でもあったことがうかがえます。
さらに、杉田さんと親交があった地元の消防団員は、杉田さんの試合について「奥さんも子供さんも応援にきている」と証言し、子供が3人いたことも明かしています。(女性自身)
警察官として働きながら、プロボクサーとして試合へ向けて厳しい減量や練習を続ける生活。
そのリングを妻と子供たちが客席から見守っていたと考えると、家族の支えが杉田さんの競技生活にとって大きかったことが想像できます。
また、SNSでは息子から試合後に励まされたエピソードなど、父親としての日常も投稿していました。
勝敗だけではなく、努力し続ける姿そのものを子供たちに見せようとしていたところに、杉田ダイスケさんの父親としての姿が表れているのかもしれません。
杉田ダイスケの学歴は駿台学園から東京農業大学へ
杉田ダイスケさんは東京都出身。
学生時代から本格的にボクシングへ打ち込み、名門として知られる駿台学園高校ボクシング部で競技を続けました。
高校時代にはインターハイや国体にも出場していたことを、杉田さん自身が過去のSNSで振り返っています。(X (formerly Twitter))
高校卒業後は、ボクシングの名門である東京農業大学へ進学。
大学では関東大学1部リーグで全勝し、ライト級の階級賞を獲得。
さらに全日本大学王座決定戦でも優勝を経験するなど、大学ボクシング界のトップレベルで活躍しました。(ボクシングモバイル)
そして杉田さんのアマチュア通算戦績は、
141戦110勝、うち47KO・RSC、31敗
という非常に高い実績でした。(ボクシングモバイル)
大学卒業後は警察官の道を選択。
警察学校を経て警視庁に入り、一度は競技から離れますが、その後ボクシングを再開しました。
警察官として勤務しながら全日本社会人選手権で2度優勝し、アマチュア110勝を達成したことをきっかけにプロ入りを決意しています。(ボクシングモバイル)
2018年1月にB級プロテストへ合格し、同年4月12日にプロデビュー。
デビュー戦では判定勝利を収めました。(日刊スポーツ)
警察官とプロボクサーという二つの仕事を両立する姿から、「警察官ボクサー」「ポリスボクサー」として注目されるようになります。
海外での試合にも積極的に挑み、JBCの国内認定王座ではないものの、WBAサウスアジア、WBAアジア、WBCアジア・フェザー級シルバーなどの地域タイトルも獲得しました。(日刊スポーツ)
まさに、警察官という安定した仕事を持ちながら、それでもリングへの情熱を捨てなかった異色のボクサーだったのです。
杉田ダイスケは両親にも感謝!家族を大切にした人柄
杉田ダイスケさんのSNSを振り返ると、妻や子供だけではなく、両親への感謝もたびたび表現していました。
2020年に32歳の誕生日を迎えた際には、自分を丈夫に産んでくれた両親への感謝を投稿しています。(X (formerly Twitter))
リング上では激しく相手と拳を交える杉田さんですが、SNSでは家族に対する率直な思いを伝えることも少なくありませんでした。
そのギャップも、多くの人から親しまれた理由の一つだったのでしょう。
さらに警察官としても、地域住民との関係を大切にしていたことが報じられています。
杉田さんが勤務していた地域の住民によると、亡くなる数日前まで小学生の通学路で見守り活動に参加していました。
近隣店舗にも家族用の菓子を買いに訪れ、「何かあったらいつでも相談してください」と声をかけるなど、地域に溶け込んだ警察官だったそうです。(女性自身)
ボクシングだけを見れば、日本ランキング入りする本格派選手。
しかし、その一方では3人の子供を育てる父親であり、地域住民を守る警察官でもありました。
この三つの顔を持っていたことこそ、杉田ダイスケさんという人物の大きな特徴だったのでしょう。
杉田ダイスケ37歳で突然の訃報…最後の試合は2026年3月

杉田ダイスケさんは、2026年3月17日に後楽園ホールで行われた試合にも出場していました。
当時は日本スーパーバンタム級ランカーとして56キロ契約8回戦に臨み、判定勝利。
これが結果的に杉田さんにとって最後のリングとなりました。(ボクシングモバイル)
しかも、杉田さんにはその先の試合も決まる予定でした。
2026年8月9日に大阪で開催された興行では、当初、元世界王者・辰吉丈一郎さんの次男である辰吉寿以輝さんとの日本ランカー対決が組まれていました。
しかしカード正式発表直前に杉田さんの訃報が伝えられ、辰吉さんの対戦相手は変更されています。(日刊スポーツ)
現役ランカーとして、まだリングに立ち続ける予定だったことが分かります。
それだけに、37歳という若さでの突然の別れは、ボクシング界に大きな衝撃を与えました。
なお、警視庁は杉田さんの死亡について自殺とみて調べていると報じられていますが、なぜそのような状況に至ったのか、詳しい背景や動機は公表されていません。 (日刊スポーツ)
そのため、仕事、家庭、ボクシングなど特定の事情を原因と決めつけたり、ネット上の憶測を事実として扱ったりすることは避けるべきでしょう。
生前、家族や地域の人々に見せていた姿と、最後に何があったのかは分けて考える必要があります。
まとめ
今回は、警察官ボクサーとして活躍した杉田ダイスケさんについて、妻や3人の子供、学歴や経歴、家族への思いを調査しました。
杉田ダイスケさんは結婚しており、妻と3人の子供がいました。
本人もSNSで「三児の父」と公表し、子供たちに自分が本気で挑戦する姿を伝えたいという思いを綴っています。(X (formerly Twitter))
学歴は駿台学園高校から東京農業大学へ進み、大学では全日本大学王座決定戦優勝、関東大学1部リーグ全勝などの実績を残しました。
アマチュア通算141戦110勝という実績を積み、警視庁勤務を続けながら2018年にプロボクサーとしてデビューしています。(ボクシングモバイル)
その後は海外の地域タイトルも獲得し、日本スーパーバンタム級11位まで上昇。
2026年3月にも判定勝利し、8月には辰吉寿以輝さんとの対戦が予定されていました。(日刊スポーツ)
しかし2026年5月30日に37歳で亡くなり、6月1日に警視庁町田署から死亡が発表されました。(日刊スポーツ)
警察官として地域を守り、ボクサーとしてリングに立ち、家庭では3人の子供を持つ父親だった杉田ダイスケさん。
本人が残した「子供たちに本気でやっている姿を伝えたい」という思いからも、ボクシングが単なる個人の挑戦ではなく、父親として子供たちへ見せる背中でもあったことが伝わってきます。
杉田ダイスケさんが警察官とボクサーを両立しながら歩んできた37年間の軌跡は、これからも多くの人の記憶に残り続けるのではないでしょうか。
それでは、ありがとうございました。

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