日本女子カーリング界を長年けん引してきた吉村紗也香(よしむら・さやか)さん。
冷静な状況判断と粘り強いプレーを武器に、フォルティウスのスキップとして日本選手権を3度制覇し、世界選手権など数多くの国際大会で日本代表として戦ってきました。
2025年には日本選手権で自身3度目の優勝を飾り、五輪代表決定戦、世界最終予選を勝ち抜いて、ついに念願だったミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックへの初出場を果たしています。(World Curling)
一方で、2026年6月24日には25年間にわたった競技生活からの現役引退を発表。
現在は新たなステージへ歩み始めています。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
では、吉村紗也香さんはどのような学校で学び、どのように日本を代表するカーリング選手へ成長したのでしょうか。
そこで今回は、
吉村紗也香の学歴とカーリングを始めたきっかけ
札幌国際大学からフォルティウス加入までの経歴
ミラノ五輪初出場と2026年現在・現役引退後
この3つの観点から詳しく見ていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
吉村紗也香の学歴!カーリングの町・常呂で育った原点

吉村紗也香さんは1992年1月30日生まれ、北海道常呂郡常呂町、現在の北見市常呂町出身です。
フォルティウス公式プロフィールによると、カーリングを始めたのは小学4年生の頃。
同級生らと一緒に競技を始めたことが、25年間に及ぶカーリング人生のスタートでした。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
常呂町は日本カーリング界にとって特別な地域です。
吉村さんだけでなく、小野寺佳歩さんや近江谷杏菜さん、ロコ・ソラーレの藤澤五月さんら多くのトップ選手を輩出してきました。
吉村さん自身も札幌国際大学のインタビューで、小学4年生のときに同級生の影響でジュニア教室を体験したことがきっかけだったと振り返っています。(札幌国際大学・札幌国際大学短期大学部)
高校は北海道常呂高等学校へ進学しました。
高校時代にはすでに全国レベルで活躍しており、吉村さんにとってオリンピックは早くから身近な目標になっていきます。
Olympics.comによると、常呂高校時代の2009年、17歳でバンクーバー五輪につながる代表争いを経験していました。のちに五輪切符をつかむまでには、実に長い時間を要することになります。(集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva)
高校卒業後に進学したのが札幌国際大学です。
JOCの公式プロフィールでも、吉村紗也香さんの最終学歴は「札幌国際大学」と記載されています。(JOC – 日本オリンピック委員会)
大学時代の実績は非常に華々しいものでした。
2010年から2012年まで日本ジュニアカーリング選手権を3連覇し、2011年から2013年にはパシフィック・アジアジュニアカーリング選手権も3連覇。
さらに世界ジュニアカーリング選手権には3年連続で出場し、2013年大会では銅メダルを獲得しました。(札幌国際大学・札幌国際大学短期大学部)
つまり吉村紗也香さんの「冷静な司令塔」としての土台は、社会人になって突然作られたものではありません。
常呂でカーリングに出会い、高校、大学と10代から20代前半にかけて数え切れないほどの実戦を経験したことが、その後のスキップとしての判断力につながっていったのでしょう。
吉村紗也香の学歴から経歴へ!大学卒業後フォルティウスに加入

吉村紗也香さんの経歴で重要な転機となったのが2014年です。
元記事では「高校卒業後、北海道銀行を母体とするチームに加入」となっていましたが、正確には札幌国際大学を卒業した2014年4月にフォルティウスへ加入しています。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
当時は北海道銀行の支援を受けた「北海道銀行フォルティウス」として活動していました。
2015年には小笠原歩さんがスキップを務めるチームで吉村さんはサードを担当し、世界女子カーリング選手権にも出場。日本は6位となりました。(ワールドカーリング結果データベース)
その後は自身がスキップとしてチームを率いる立場となり、日本トップクラスの選手へ成長していきます。
日本選手権では2015年、2021年、2025年と3度の優勝を経験。
特に2025年の日本選手権では、決勝で仁平美来選手のチームを延長戦の末に8-7で破り、自身3度目の日本一をつかみました。
World Curlingも2025年大会について「吉村にとって3度目の国内タイトル」と紹介しています。(World Curling)
2021年にはパシフィック・アジアカーリング選手権でも優勝。
国内だけでなく、アジア・世界の舞台でも経験を重ねていきました。(World Curling)
そして吉村紗也香さんの競技人生を語るうえで欠かせないのが、長期間にわたるオリンピックへの挑戦です。
札幌国際大学時代から代表争いを経験したものの、なかなか五輪出場には届きませんでした。
さらに2023年には第1子となる長男を出産。
母となってから再び競技へ復帰し、フォルティウスのスキップとしてオリンピックを目指すという新たな挑戦を始めました。(JOC – 日本オリンピック委員会)
2024-2025シーズンに本格復帰すると、2025年日本選手権で優勝。
まさに「ママアスリート」として再び日本一まで上り詰めたのです。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
吉村紗也香はミラノ五輪初出場!2026年現在は現役を引退

そして吉村紗也香さんの長年の夢がついに実現します。
2025年の日本代表決定戦を勝ち抜いたフォルティウスは、同年12月にカナダ・ケロウナで行われたミラノ・コルティナ五輪世界最終予選へ出場。
プレーオフでノルウェーと対戦し、6-5で勝利して五輪出場権を獲得しました。(JOC – 日本オリンピック委員会)
オリンピックを目指し始めて約16年。
何度も代表争いに敗れながらも挑戦をやめなかった吉村さんが、33歳で念願だったオリンピアンとなった瞬間でした。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、スキップ吉村紗也香、サード小野寺佳歩、セカンド小谷優奈、リード近江谷杏菜、リザーブ小林未奈というフォルティウスのメンバーで日本代表として出場しました。(オリンピック公式サイト)
日本は1次リーグで2勝7敗。
10チーム中8位となり、準決勝進出には届きませんでした。吉村さん自身も結果について悔しさをにじませましたが、初めてのオリンピックという大舞台を最後まで戦い抜きました。(オリンピック公式サイト)
そして五輪から約4カ月後の2026年6月24日、吉村紗也香さんは大きな決断を発表します。
2025-2026シーズンをもって現役を引退することを正式に明らかにしたのです。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
吉村さんは引退発表の中で、カーリングを始めて25年、オリンピックを目指し始めて16年だったことを振り返っています。
また、妊娠・出産を経て育児、競技、仕事を両立する中で、次第に家族との時間をより大切にしたいという気持ちが強くなったことも引退を決断した理由として説明しました。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
ただし、カーリング界から完全に離れるわけではありません。
2026年8月現在も「フォルティウスの吉村紗也香」としてチームに関わり、今後はカーリングの普及・育成、地域貢献、チームの広報活動などに携わっていく方針を明らかにしています。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
選手としてストーンを投げる姿は一区切りとなりましたが、これからは25年間で培った経験を次世代へ伝える立場として、日本カーリング界を支えていくことになりそうです。
吉村紗也香の強さの原点は学歴だけではなく「挑戦を続ける力」
吉村紗也香さんの経歴を振り返ると、華々しい成績だけではなく、何度も悔しい経験を乗り越えてきたことが分かります。
常呂で小学4年生からカーリングを始め、常呂高校、札幌国際大学で競技を続け、大学卒業後にはフォルティウスへ。
ジュニア時代から世界を経験し、日本選手権で3度の優勝を果たしながらも、オリンピック出場までは長い年月を要しました。(札幌国際大学・札幌国際大学短期大学部)
それでも挑戦を続け、出産後に競技へ復帰し、最後の五輪挑戦と決めた2025-2026シーズンに念願のオリンピック出場を実現したことは、吉村紗也香さんの競技人生を象徴する出来事だったと言えるでしょう。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
吉村さんの持ち味について、フォルティウス公式サイトは「負けず嫌いな性格」と「粘り強さ」を挙げています。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
最後まで諦めずに五輪への道を切り開いたその歩みを見ると、まさに「粘り強さ」こそが吉村紗也香さん最大の武器だったのかもしれません。
まとめ
今回は、吉村紗也香さんの学歴や経歴、フォルティウスでの活躍、そして2026年現在について紹介しました。
吉村紗也香さんは北海道北見市常呂町で育ち、小学4年生からカーリングを開始。
常呂高校を経て札幌国際大学へ進学し、大学時代には日本ジュニア選手権3連覇や2013年世界ジュニア選手権銅メダルなどの実績を残しました。(札幌国際大学・札幌国際大学短期大学部)
2014年4月に大学を卒業するとフォルティウスへ加入し、日本選手権では通算3度優勝。
2025年には日本選手権を制した後、日本代表決定戦と世界最終予選を突破し、念願だったミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックへの初出場を実現しました。(World Curling)
五輪では2勝7敗の8位となりましたが、長年追い続けた夢の舞台に立ったことは、吉村さんの25年間の競技生活における大きな到達点となりました。(オリンピック公式サイト)
そして2026年6月24日、現役引退を発表。
今後はフォルティウスに残り、カーリングの普及や選手育成、地域貢献、広報活動などを通して競技に関わっていく予定です。(女子カーリングチーム フォルティウス OFFICIAL SITE)
「選手・吉村紗也香」の挑戦は一区切りとなりましたが、常呂から世界へ羽ばたき、母となってから念願のオリンピック出場を果たした歩みは、これからカーリングを目指す若い選手たちにも大きな影響を与えていくのではないでしょうか。
今後は「吉村紗也香の現在」や「引退後の活動」にも注目していきたいですね。
それでは、ありがとうございました!

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