社会の中で声を上げにくい人たちの「痛み」や「孤独」に光を当て、数々の作品を描いてきた漫画家・榎本由美さん。
『児童養護施設の子どもたち ~哀しみの現実~』『愛のこどもたち』など、児童虐待や家族、貧困といった重いテーマを真正面から取り上げた作品で、多くの読者の心に残る漫画家でした。(デイリースポーツ)
そんな榎本由美さんが、2025年11月4日に60歳で亡くなりました。
ご家族による公式SNSでの報告に加え、2026年1月には公益社団法人日本漫画家協会も、榎本さんが2025年11月4日に60歳で亡くなったことを正式に発表しています。(Instagram)
死因については、親交の深かった漫画家・森園みるくさんが「急性呼吸不全」と伝え、よろず~ニュースも急性呼吸不全と診断されたと報じています。(Instagram)
そして死去から約5カ月後となる2026年4月18日には、東京・浅草で「榎本由美先生お別れ会」が開催されました。
亡くなった後も、仲間や読者が作品と思い出を語り継いでいるのです。(Piece Eight)
そこで今回は、
榎本由美さんが描き続けた社会派作品
60歳での突然の訃報と息子さんの言葉
2026年に開催されたお別れ会と残された作品
という3つの観点から、2026年8月時点の最新情報を交えながら振り返っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
榎本由美さんが描き続けた“心の痛み”とは?

榎本由美さんは1986年に漫画家デビュー。
レディースコミックを中心に活動しながら、後年は電子書籍の世界でも数多くの作品を発表しました。(テレ朝NEWS)
榎本さんの作品を語るうえで欠かせないのが、社会の中で見過ごされがちな問題を漫画として描いてきたことです。
代表作の一つ『児童養護施設の子どもたち ~哀しみの現実~』では、児童虐待などによって家庭で暮らすことができなくなった子どもたちをテーマにしています。
『愛のこどもたち』では、息子の突然の死に苦しむ母親を通じて、親子の愛情や家族の絆を描きました。(デイリースポーツ)
さらに『セルフ・ネグレクト~ゴミ屋敷、ホームレス、ひきこもり』では、長期間ひきこもっていた女性が母親の死によって生活の基盤を失っていく姿を描いています。
同作の一場面から生まれた「美緒48歳」という言葉がネット上で広がり、改めて榎本さんの作品が注目されるきっかけにもなりました。(デイリースポーツ)
ただ、榎本さんが描いていたのは他人の人生だけではありません。
自身が経験した不妊治療についても作品にしています。
『ああ不妊治療~8年・1000万費やしたアラフォー漫画家の体当たりコミックエッセイ~』では、8年間にわたる自身の不妊治療体験を漫画として描きました。(デイリースポーツ)
不妊治療が今ほど公に語られていなかった時代から、自らの経験を隠さず作品にする。
そこにも榎本由美さんという漫画家の特徴が表れているのではないでしょうか。
重い社会問題を扱いながらも、単純に誰かを悪者にするのではなく、その人がなぜそこまで追い詰められたのかを描こうとする。
だからこそ榎本さんの作品は、単なる“衝撃的な実話漫画”にとどまらず、多くの読者に考えるきっかけを与えてきたのでしょう。
榎本由美さんが60歳で永眠!息子が訃報を報告

榎本由美さんが亡くなったことを正式に知らせたのは、ご家族でした。
2025年11月12日、榎本さんのSNSを通じて息子さんが、母が11月4日に亡くなったことを報告。
葬儀についてはすでに親族のみで執り行ったことを明かし、香典や供花についても辞退するとしています。(Instagram)
つまり、榎本さんに息子さんがいることは、ご家族自身の発表から確認できます。
一方、夫など詳しい家族構成については今回の発表では明らかにされていません。
そのため、ネット上の情報だけをもとに夫や家族構成を推測することは避けた方がよいでしょう。
そして2026年1月17日には、日本漫画家協会も公式サイトで、
「当協会会員の榎本由美氏が、2025年11月4日に60歳でご逝去されました」
と正式に発表しました。(日本漫画家協会)
榎本由美さんの死因は急性呼吸不全
榎本由美さんの死因については、親交の深かった漫画家・森園みるくさんがSNSで「急性呼吸不全」と伝えています。
また、よろず~ニュースも榎本さんについて「急性呼吸不全と診断され」と報じました。(Instagram)
ただし、注意しておきたい点があります。
家族による公式SNSの訃報では「11月4日に永眠」と報告されていますが、森園みるくさんの当初のSNS投稿には「11月6日」と記載されていました。(Instagram)
その後、日本漫画家協会も「11月4日」と正式に掲載しているため、亡くなった日は2025年11月4日とするのが最も確実です。(日本漫画家協会)
榎本さんは1964年生まれで、11月14日に61歳の誕生日を迎える予定でした。
つまり、61歳の誕生日をわずか10日後に控えての突然の別れだったことになります。(デイリースポーツ)
亡くなる直前まで創作活動を続けていた
榎本由美さんの訃報がさらに衝撃を与えた理由の一つが、亡くなる直前まで創作活動やイベントに関わっていたことです。
2025年11月1日から12月6日まで、東京・東麻布のホテルアルファインでは、森園みるくさんとの展覧会「魔女女王展」が予定されていました。(日本出版美術家連盟)
榎本さん自身が森園さんへ声をかけて始まった企画で、開催をとても楽しみにしていたといいます。
森園さんによると、亡くなる直前まで展覧会についてLINEで打ち合わせをしており、亡くなる前日にも本人から連絡があったそうです。(デイリースポーツ)
一方で10月24日に予定されていた浅草のイベントには、体調不良を理由に姿を見せていませんでした。
漫画家・浜田ブリトニーさんも、榎本さんが参加予定だったイベントを欠席したため心配していたと振り返っています。(デイリースポーツ)
それでも周囲にとっては、ここまで突然の別れになるとは想像できなかったのでしょう。
森園みるくさんは、長年交流してきた榎本さんについて、漫画だけでなくアートや音楽、AI、NFTなど新しい分野にも強い関心を持っていた人物だったと振り返っています。(デイリースポーツ)
60歳になっても新しい技術や表現を吸収し、創作を続けていたことが分かります。
2026年4月に「榎本由美先生お別れ会」が開催

そして2026年に入り、榎本由美さんを偲ぶ新たな動きがありました。
2026年4月18日、東京・浅草のCAFEオカオカで**「榎本由美先生お別れ会」**が開催されました。(Piece Eight)
会には、榎本さんと長年交流してきた漫画家・森園みるくさんや浜田ブリトニーさんらが参加。
トークに加え、音楽ライブなども企画されました。(Piece Eight)
また、榎本さんが漫画部分を担当した映像作家・寺嶋真里監督の『宙ブラ女モヤモヤ日記~ダンナに言えない秘密~』も上映されています。
同作は2016年制作で、榎本さんとのコラボレーションによって実現した作品でした。(Piece Eight)
亡くなった直後、森園みるくさんは「来年、お別れ会もしたい」と話していました。
その思いが約5カ月後、実際のお別れ会として実現したのです。(デイリースポーツ)
家族による静かな葬儀とは別に、仕事仲間や友人、榎本さんと縁のあった人たちが作品と思い出を共有する場が設けられたことになります。
榎本由美さんの作品に残された“生きること”への問い
榎本由美さんの作品には、児童虐待、不妊治療、ひきこもり、セルフネグレクト、家族の喪失など、決して軽くはないテーマが数多く登場します。(デイリースポーツ)
しかし、それらは単に読者を怖がらせたり、悲しませたりするために描かれたものではありません。
そこにいる人物の人生を描くことで、
「なぜその状況になったのか」
「周囲にできることはなかったのか」
「人はそこからやり直せるのか」
と問いかける作品でもありました。
実際、榎本さん自身も不妊治療という苦しい経験を漫画にしています。
自分の痛みさえも作品に変え、同じ悩みを抱える誰かへ届ける。
その姿勢は、榎本由美さんという漫画家を象徴するものだったのではないでしょうか。
そして2026年現在も、『児童養護施設の子どもたち』をはじめとする作品そのものは残っています。
作者が亡くなった後も、作品を初めて読む人が現れれば、そこで描かれている社会問題について考える人も新たに生まれます。
それこそが、漫画家が残すことのできる大きな財産なのでしょう。
まとめ
今回は「榎本由美さんが60歳で永眠!“心の痛み”を描き続けた漫画家の生涯!」というテーマで、2026年8月時点の最新情報を交えて振り返りました。
榎本由美さんは2025年11月4日、60歳で亡くなりました。
この日付は息子さんによる家族の発表に加え、2026年1月17日に日本漫画家協会が掲載した公式訃報でも確認されています。(Instagram)
死因については、親交の深かった森園みるくさんやその後の報道によって急性呼吸不全と伝えられています。(Instagram)
1986年のデビュー以来、『児童養護施設の子どもたち』『愛のこどもたち』『セルフ・ネグレクト』など、社会の中で見過ごされがちな問題を漫画として描き続けました。
また、自身の8年間にわたる不妊治療体験も作品として残しています。(デイリースポーツ)
亡くなる直前まで森園みるくさんとの展覧会「魔女女王展」の準備に取り組んでいたことからも、最後まで創作への情熱を失っていなかったことが分かります。(デイリースポーツ)
そして2026年4月18日には浅草で「榎本由美先生お別れ会」が開催され、森園みるくさんや浜田ブリトニーさんら、ゆかりのある人々が榎本さんを偲びました。(Piece Eight)
60歳という早すぎる別れでした。
それでも、榎本由美さんが漫画を通じて投げかけた「痛みを抱える人を見過ごさない」という視点は、作品が読まれ続ける限り消えることはありません。
亡くなった後も作品と仲間たちによって語り継がれていることこそ、漫画家・榎本由美さんが残した大きな足跡なのではないでしょうか。
心よりご冥福をお祈りいたします。
それでは、ありがとうございました!

コメント