大江麻理子の両親との心温まる関係性とは?曽祖父から続く家系の物語も!

『モヤモヤさまぁ~ず2』や『ワールドビジネスサテライト(WBS)』などで長年活躍し、テレビ東京を代表する存在として親しまれてきた大江麻理子さん。

2025年6月末には24年間勤めたテレビ東京を退社し、「少しゆっくりしたい」と新たな人生の時間へ入りました。(テレ東・BSテレ東)

そんな大江麻理子さんについて、

「両親はどんな人?」

「父親は印刷会社の社長なの?」

「実家は福岡県豊前市?」

「弟もいるの?」

と家族について気になっている方も多いのではないでしょうか。

調べてみると、大江さんが育った福岡県豊前市には、100年以上続く印刷会社と地域のジャーナリズムに関わってきた大江家の歴史があります。

そして本人が過去に綴った文章からは、上京時に母と泣きながら別れたことや、弟との何気ない思い出など、家族との強い絆も伝わってきます。

そこで今回は、

大江麻理子の父・大江俊良さんは老舗印刷会社の社長

大江麻理子と母の関係は?上京時に親子で号泣

大江麻理子には弟がいる!家系に受け継がれる「伝える力」

という3つの観点から迫っていきます。

それでは、早速本題に入っていきましょう。

目次

大江麻理子の父・大江俊良さんは老舗印刷会社の社長

大江麻理子さんの父親として知られているのが、大江俊良さんです

俊良さんは、福岡県豊前市に本社を置く築上印刷有限会社の代表取締役を務めています。

築上印刷の公式サイトによると、同社の歴史は**1912年(明治45年)**までさかのぼります。

創業者の大江寿太郎さんが活版印刷業を始め、その後、大江俊明さん、大江俊信さん、大江桂子さんへと経営が引き継がれ、1991年に大江俊良さんが社長に就任しました。(築上印刷)

2026年現在も、大江俊良さんが代表取締役であることは公的資料でも確認できます。

苅田町が公表した2026年度の物品・役務等業者名簿にも、築上印刷有限会社の代表取締役として**「大江俊良」**と掲載されています。(神田市役所)

つまり、大江麻理子さんの実家に関わる印刷会社は、現在も豊前地域で事業を続ける創業110年以上の老舗企業ということになります。

元記事では「年商約4億円」としていましたが、現在確認できる築上印刷の公式資料では売上高は公表されていません。

そのため、「年商4億円」と断定するよりも、

「100年以上続く地域密着型の老舗印刷会社」

と紹介する方が正確でしょう。

さらに大江俊良さんは、豊前商工会議所で副会頭を務めた記録もあり、地域経済にも関わってきた人物です。(豊前商工会議所)

「地元名士」と呼ばれる背景には、単に会社を経営しているだけではなく、長年地域と深く関わってきた家業の存在があるのでしょう。

大江麻理子と母の関係は?上京時に親子で号泣

大江麻理子さんの母親は一般の方で、名前や詳しいプロフィールは公表されていません。

しかし、大江さんがテレビ東京時代に書いていた『出没!アド街ック天国 大江麻理子の出没!日記』には、母親との温かなエピソードが数多く登場します。

特に印象的なのが、大学進学で福岡から関東へ出てきたときの別れです。

大江さんはフェリス女学院大学へ進学するため、故郷を離れました。

入学式を終え、母親が九州へ帰る日。

2人は横浜駅で別れました。

すると電車に乗った母親が泣き始め、それを見た大江さん自身も大号泣。

自由が丘へ到着するまで、電車の中でも泣き続けていたと本人が振り返っています。(テレ東・BSテレ東)

華やかなテレビの世界で堂々とニュースを伝えてきた大江さんからは意外に感じるほど、母との別れに大きな寂しさを感じていたのですね。

そして母親には、大江さんの成長を見守りながら少しずつ手を離していった一面もありました。

小学生時代、大江さんが一人で塾へ通うようになった際、母親は途中まで後ろからついていき、

「ここから先は一人で行っておいで」

と送り出したそうです。

大江さん自身はうれしくて意気揚々と歩いていったものの、後に母から、

娘の姿が角を曲がって消えた瞬間、寂しくなって涙が出た

と聞かされたことを綴っています。(テレ東・BSテレ東)

子どもを大切に思う一方、いつまでも手元に置くのではなく、自立できるよう少しずつ背中を押す。

そんな母親の姿勢が感じられるエピソードです。

大江麻理子さんがニューヨーク赴任や経済ニュースのメインキャスターなど、新しい環境にも果敢に飛び込んできた背景には、幼い頃から「自分の足で進む」経験を重ねてきたことも影響しているのかもしれません。

大江麻理子には弟がいる!家系に受け継がれる「伝える力」

大江麻理子さんには弟がいることも本人の文章から確認できます

2006年の日記では、男性の言葉遣いについて触れる中で、

「弟を見ていると九州男児が勇ましいとはそんなに思いません」

という趣旨の話を書いています。(テレ東・BSテレ東)

弟の名前や職業などは公表されておらず、一般人とみられるため、プライベートな部分を必要以上に推測することは避けた方がよいでしょう。

ただ、大江さん自身が自然に弟のエピソードを語っていることから、家族の距離感は近かったことがうかがえます。

そして大江家についてもう一つ興味深いのが、「印刷」と「新聞」の歴史です。

豊前市の公式サイトには、大江俊明氏という人物が「豊前の先人」として紹介されています。

大江俊明氏は1894年生まれ。

1913年に父・寿太郎氏が始めた印刷業を引き継ぎ、1929年には**『築上新聞』を創刊**しました

さらに自ら論説を書き、地域の郷土史や求菩提山などの文化財を守る活動にも力を注いだ人物です。

豊前市は彼を、

「実業家・郷土史家 ジャーナリストとして地域を愛した賢人」

と紹介しています。(福岡県豊前市公式サイト)

ネット上では大江俊明氏を大江麻理子さんの曽祖父と紹介する記事が多数あります。

築上印刷の沿革を見ても、大江俊明氏から大江俊信氏、大江桂子氏、大江俊良氏へと「大江」姓の経営者が代々受け継いできたことは確認できます。(築上印刷)

ただし、豊前市や築上印刷の公式資料では、大江俊明氏と大江麻理子さんとの続柄そのものを「曽祖父」と明記しているわけではありません。

そのため記事では、

「大江家に連なる人物として紹介され、一般には曽祖父と伝えられている」

程度にとどめておくと、より信頼性の高い内容になります。

それでも興味深いのは、

印刷業を創業した家系。

新聞を作った大江俊明氏。

そしてテレビというメディアでニュースを伝え続けた大江麻理子さん。

と、時代や媒体は違っていても「情報を人へ届ける仕事」が重なっていることです。

もちろん、大江さん自身が「先祖の影響でアナウンサーになった」と語ったわけではありません。

しかし、100年以上にわたって地域で「印刷」「新聞」「情報」と関わってきた環境の先に、テレビ東京を代表するキャスターが誕生したことには、不思議な縁を感じますね。

まとめ

今回は、大江麻理子さんの両親や弟、実家の築上印刷、大江家のルーツについて紹介しました。

大江麻理子さんの父親として知られる大江俊良さんは、福岡県豊前市の老舗企業築上印刷有限会社の代表取締役を務めています。

会社は1912年創業で、2026年現在も事業を継続しています。(築上印刷)

母親について詳しいプロフィールは公表されていませんが、大江さんが大学進学で上京した際には横浜駅で母娘そろって泣いたという、とても温かなエピソードが残っています。(テレ東・BSテレ東)

また大江さんには弟がおり、本人の昔の日記にも登場しています。

そして大江家に関係する人物として、豊前市が「地域を愛したジャーナリスト」と紹介している大江俊明氏は、1929年に『築上新聞』を創刊。

印刷会社を経営しながら、自ら言葉を使って地域の文化や歴史を伝え続けました。(福岡県豊前市公式サイト)

2025年6月、大江麻理子さんは24年間勤めたテレビ東京を退社。

会社側は、大江さんが退職後「少しゆっくりしたい」と話していたことを明らかにしています。(テレ東・BSテレ東)

テレビ東京という大きな舞台を離れた今、故郷や家族との時間を改めて大切にする機会も増えているのかもしれません。

印刷から新聞、そしてテレビへ――。

大江麻理子さんの家族の歩みを振り返ると、その根底には時代を超えて「人に何かを伝える」という共通点が見えてきます。

知的でありながら決して冷たくなく、相手に寄り添うようにニュースを伝えてきた大江麻理子さん。

その誠実な人柄の原点には、福岡県豊前市で育まれた家族との温かな時間があったのかもしれません。

それでは、ありがとうございました!

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