岸谷五朗の学歴と中退理由とは?俳優人生を変えた大学時代の決断!

岸谷五朗さんといえば、演劇ユニット「地球ゴージャス」の立ち上げメンバーであり、映画・ドラマ・舞台と幅広く活躍する実力派俳優です。

そんな岸谷さんには、大学在学中に演劇の道へと大きく舵を切ったという大胆な決断の過去があります。

本記事では、岸谷五朗さんの学歴と中退の経緯、そしてその決断が彼の俳優人生にどのような影響を与えたのかを、学生時代のエピソードを交えながら深掘りしていきます。

そこで今回は。

岸谷五朗の学歴からくるエピソード

岸谷五朗の「学歴」より「実学」を選んだ合理的判断と覚悟

2つの観点から迫っていきます。

それでは、早速本題にはいっていきましょう。

目次

岸谷五朗の学歴からくるエピソード

岸谷五朗さんの学生時代の活動について、まずはみていきましょう。

小中高時代――行動力と個性が際立った学生生活

岸谷五朗さんは、東京都武蔵野市の大野田小学校、第四中学校を経て、都立小平高校(偏差値58程度)に進学しました。

小学校では運動神経抜群の活発な少年で、「明朗活発活動家」と通信簿に書かれるほど。さらに、小学生の時に観劇した『冒険者たち』という舞台に感動し、俳優への憧れを抱くようになります。

高校時代には「小平愚連隊」と呼ばれるグループの中心的存在となり、「三多摩の五朗」とあだ名されるほどの存在感を放っていました。

ただし、授業は真面目に出席し、後輩の面倒も見るなど、“優しい不良”として周囲からも一目置かれていた存在でした。

高校卒業時には明確な進路はなかったものの、心のどこかで「舞台俳優になる」という夢を忘れていなかったようです。

中央大学商学部へ――そして劇団SETとの出会い

高校卒業後は、中央大学商学部に進学。

しかし、大学生活は彼にとって“通過点”ではなく、人生を大きく変えるターニングポイントとなります。

在学中に、三宅裕司さんが主宰する劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)のオーディションに応募。

三宅裕司&小倉久寛、劇団創立45周年に感慨「こんな続くと思ってなかった」 元座員の岸谷五朗&寺脇康文の秘話も

出典:ORICON NEWS

なんと、特攻服姿の写真を履歴書に貼るという強烈な自己アピールで注目を集め、見事に合格します。

この劇団入団をきっかけに、岸谷さんは大学生活と演劇活動の両立を見直すことに。

最終的には「本当に学びたいことがここにある」と確信し、大学を中退する決断を下しました。

岸谷五朗の「学歴」より「実学」を選んだ合理的判断と覚悟

岸谷さんが中央大学を中退した理由は、「演劇にすべてを賭ける」と決めたからでした。

大学での知識や資格よりも、現場での経験こそが自身の俳優人生にとって価値があると考えたのです。

在学中に、三宅裕司さんが主宰する劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)のオーディションに応募。

大学在学中の1983年に、三宅裕司さん主宰の劇団「スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」の門を叩き、俳優としてのキャリアをスタートさせました。その後、演劇活動に専念するために大学を中退。

出典:俳優の学齢図鑑

その後、劇団SETでは看板俳優としての地位を確立。

1994年には寺脇康文さんとともに演劇ユニット「地球ゴージャスを結成し、自ら演出・脚本も手がけるなど、創造力とリーダーシップを発揮します。

大学での学びも決して無駄ではなく、商学部で得た「自分という商品の見せ方」やマーケティング的な発想は、セルフプロデュース力として演劇や俳優業にも大いに活きているといえるでしょう。

まとめ

岸谷五朗さんの学歴と中退の背景には、「自分が本当に情熱を注げる道を選ぶ」という明確な意志がありました。

大学を中退するというのは決して簡単な決断ではありませんが、彼はその選択によって自らの道を切り開きました。

「学歴」よりも「実学」と「経験」を重視し、現場で磨かれた演技力と人間力――それが今の岸谷五朗さんの原点です。

彼の生き様は、これからのキャリアや進路に悩む人にとって、自分の信じる道を選ぶ勇気を与えてくれるのではないでしょうか。

それでは、ありがとうございました!

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