佳那晃子の夫・源高志が13年間貫いた愛!病院から帰ってくるまでの献身

2026年3月21日、昭和から平成にかけてスクリーンを彩った女優・佳那晃子さんが70歳で静かに息を引き取った。

「魔界転生」「金曜日の妻たちへ」などに出演し、その美貌と妖艶な演技でバイプレーヤーとして長らく第一線で活躍していた彼女の晩年を語るとき、欠かせない存在がいる。

夫・源高志さんだ。放送作家として数々の人気番組を手掛けてきた源さんは、妻が倒れた日から13年以上、一貫して寄り添い続けた。

借金、病、コロナ禍という幾重もの試練を経た二人の物語は、「夫婦の絆」というものの深さを静かに教えてくれる。

そこで今回は、

佳那晃子の夫・源高志との出会いと結婚

佳那晃子の「脳死」宣告と奇跡の生還

佳那晃子の夫・源高志とのコロナ禍の試練

3つの観点から迫っていきます。

それでは、早速本題に入っていきましょう。

目次

佳那晃子の夫・源高志との出会いと結婚

佳那さんと源さんは1990年に結婚した。源さんは「スター誕生!」「カックラキン大放送」などを手掛けた人気放送作家だった。

しかし、華やかな芸能界の裏で、二人の結婚生活はすぐに試練を迎えることになる。

バブル崩壊後、夫の経営する会社のトラブルを発端とした多額の借金を抱え、返済のために倹約生活を送ることになった

源さん自身も「あいつには本当に苦労かけてきた。

借金の半分ぐらいは妻が返済してくれた。

苦しい生活のなかでも、女房は一度も『別れる』なんて言わなかった」と振り返る。

夫婦は10年かけて借金を完済し、老年期の入り口を迎えると伊豆半島へ転居した。

ようやく穏やかな日々が訪れたかに見えた、そのときだった。


佳那晃子の「脳死」宣告と奇跡の生還

2013年1月、佳那さんは自宅で突如くも膜下出血に倒れ、意識不明の重体となった。

医師からは病状が最も重い「重度5」を宣告され、一時は脳が完全に機能を失う「脳死」宣告を受けた。

倒れた当日、源さんはそばにいた。

すぐに救急車を呼んだことで一命はとりとめたが、医師には「悪ければ脳死状態、よくて寝たきりのまま」と告げられた。

しかし源さんは諦めなかった。

「頼むからこちらに戻してください」と神様に祈ったという源さんは、「看病して彼女の生活を取り戻すのはお前の役目だよと言われた気がした」と語っている。

その言葉どおり、彼は妻の回復を信じて病院に通い続けた。

懸命のリハビリで佳那さんは一時、車椅子に乗り補助があれば立ち上がれるまでに回復した。


佳那晃子の夫・源高志とのコロナ禍の試練

回復への道のりは、しかし平坦ではなかった。

突然襲ったコロナ禍により、源さんは病室への出入りができなくなり、看護師もリハビリの介助を制限された。

その影響で、佳那さんの状態は倒れた1〜2年後の時期まで戻ってしまったという。

現在も伊豆の病院に入院したまま、喉に穴が開けられているため話すことはできない状態が続いていた、と源さんは語っていた。

それでも彼は面会を重ね、声をかけ続けた。

佳那さんは入院先の病院でひと月ほど前に出血性胃腸炎の症状が出て、その後尿路感染による腎障害と肺炎を起こし、多臓器不全の状態となった。

そして3月21日の未明に息を引き取った。

享年70歳だった。


まとめ

佳那晃子さんの人生は、華やかなスクリーンの表側だけでは語れない。

巨額の借金、大病、そして13年に及ぶ闘病――それらすべての局面で、夫・源高志さんは傍らにいた。

源さんはかつて、退院後は2人で過ごした熱海に戻ってのんびり暮らすつもりだと語っていた。

その願いが叶うことはなかったけれど、二人が積み重ねた時間の重みは、確かにそこにある。

「病院から歩いて帰って来るまで」という言葉を掲げ、妻を待ち続けた源さんの姿は、どんな言葉よりも雄弁に「愛」を語っている。

佳那晃子さんのご冥福を、心よりお祈りします。

それでは、ありがとうございました!

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