増田惠子の旦那は誰?音響会社社長・桑木知二さんとの出会いと夫婦の歩み!

ピンク・レディーの増田惠子さんが『徹子の部屋』で語ったのは、夫・桑木知二さんの突然の病気の発覚と、最期まで“いつも通り”を貫いた日々でした。

きっかけは「目が二重に見える」という訴え。

ところが検査で告げられたのは、すい臓がん、しかも進行しているという現実でした。


それでも増田惠子さんが振り返る夫の姿は、取り乱すでもなく、怖がるでもなく、淡々と受け入れ、笑顔を絶やさない人。

治療の選択も含めて、「残された時間をどう生きるか」を考えさせられる内容です。

そこで今回は、

増田惠子の旦那・桑木知二さんとは?

増田惠子の旦那の「すい臓がん」そして突然の「末期」宣告

増田惠子の旦那の“笑顔の絶えない日々”を選んだ夫婦の覚悟

3つの観点から迫っていきます。

それでは、早速本題に入っていきましょう。

目次

増田惠子の旦那・桑木知二さんとは?

増田惠子さんと桑木知二さんは、テレビ番組を通じて古くからの知り合いだったとされています。

結婚は2002年6月

しかもプロポーズは増田惠子さんからだったという“電撃”ぶりが印象的です。


結婚会見では、音符をデザインした結婚指輪を披露し、「遠回りしたけれど、いろいろ経験したところでもう一度出会って結ばれたのかな」と語っていたといいます。

このエピソードが示すのは、ドラマチックな演出以上に「人生の後半で出会い直すように寄り添った関係」だったこと。

だからこそ、のちの闘病でも“夫婦の時間の使い方”が、静かに深く伝わってきます。


増田惠子の旦那の「すい臓がん」そして突然の「末期」宣告

夫が訴えたのは、体調不良というより「目が二重に見える(ダブルビジョン)」という症状でした。

増田惠子さんの話では、血液検査など詳しい検査を進めた結果、目の症状とは別に「すい臓がん」が見つかったといいます。


さらに、ダブルビジョン自体は橋本病が原因で、薬ですぐ良くなった。

一方で、すい臓がんは「かなり進んでいる」と告げられ、春頃(4月くらい)に「末期」と聞いたと振り返っています。

ここがいちばん衝撃的です。

本人としては“目の不調を確認するため”の受診だったのに、別の重大な病気が見つかり、しかも進行していた。

増田惠子さんが「もうビックリして…」と語ったのは、当然の反応だと思います。


増田惠子の旦那の“笑顔の絶えない日々”を選んだ夫婦の覚悟

増田惠子さんによれば、夫はショックを表に出さず、眠れなくなることもなく、受け入れるのが上手な人だったといいます。

そして抗がん剤治療は受けないと決め、「なってしまったものは仕方ないから」と、残された時間を“今までと変わらない”形で過ごした

自宅で約4〜5か月暮らし、再入院までの間、笑顔の絶えない日々があった。

増田惠子さんが忘れられないのは、ある瞬間に見せた「今まで見たことがないような、優しい表情」。


その表情を見て、「この笑顔を一生大切に」「主人の分まで生きる」「丁寧にりんとして過ごす」と決めたそうです。

現在も朝は遺影に向かって「ほめてくれた笑顔は健在ですか?」と問いかけて1日が始まる—この言葉に、夫婦の距離感と、喪失の中で前を向く意志が凝縮されています。


まとめ

増田惠子さんが語ったのは、病気の怖さ以上に、「残された時間をどう過ごすか」という生き方の選択でした。

目の症状をきっかけに偶然見つかったすい臓がん、そして突然の「末期」宣告。

普通なら恐怖や混乱に飲まれても不思議ではありません。


それでも夫は取り乱さず、治療方針も含めて自分の人生を受け入れ、笑顔を絶やさない日々を選んだ。

増田惠子さんもまた、その笑顔を支えに「丁寧に、りんとして」生きると決め、毎朝遺影に言葉をかけて歩き出している。

悲しみを“消す”のではなく、日々の所作に落とし込みながら“共に生き続ける”—そんな夫婦の形が伝わる内容でした。

それでは、ありがとうございました!

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