「2月いっぱいで引退予定」だった和田竜二騎手が、落馬負傷による骨折と膝の靱帯損傷で騎手としての復帰を断念。
騎手免許の期限(2/28)までに騎乗できず、結果として“最後の騎乗姿”をファンの前で見せられないまま、調教師という次のステップへ進むことになりました。
本人がXで残した言葉は、悔しさと感謝が同時に詰まった内容でした。
そこで今回は、
和田竜二が落馬→骨折→期限までに復帰できない現実
和田竜二が落馬で骨折後の本人コメントの核心
和田竜二の調教師への転身
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
和田竜二が落馬→骨折→期限までに復帰できない現実

報道によると、和田竜二騎手は1月11日の京都1Rで落馬し、左手尺骨骨折・左足脛骨骨折で入院。
さらに左膝の手術の際に靱帯損傷も見つかり、「馬に乗るには時間をかけて治療が必要」と判断されました。
ここで大きかったのが、騎手免許の有効期限が2月28日というタイムリミット。
完治を急げない負傷内容のため、期限までの復帰は難しく、騎手としての復帰断念=そのまま引退という結論につながっています。
和田竜二が落馬で骨折後の本人コメントの核心

本人が強くにじませたのは、勝ち負け以前の“最後を見せられなかった悔しさ”でした。
- ファン・馬主・関係者、そして支え続けてくれた家族の前で「最後の騎乗姿」を見せられない
- そのことに対して、率直に**「申し訳ない気持ちでいっぱい」
- それでも「次の道へ進む」「元気になった姿で引退式を迎えられたら」と前を向く
そして最後は、競馬人生の“答え合わせ”みたいな一文で締めています。
「競馬で勝って喜んでもらえることが何よりの幸せ」「競馬 最高!!」。
悔しさの中でも、感謝が言葉の中心にあるのが、和田騎手らしいメッセージでした。
和田竜二の調教師への転身
和田竜二騎手は昨年12月、2026年度(令和8年度)の新規調教師免許試験に合格しています。
だからこそ本人も「次の調教師というステップに向かえる私にとっては、それに専念して努力し、精進しようとすぐに切り替えることができました」と語れた。
これは強がりというより、“次の仕事が競馬の中に残っている”人の言葉です。
実績面でも、報道ではJRA通算2万2176戦1534勝、重賞50勝と紹介されています。
さらに、テイエムオペラオーでの2000年有馬記念制覇など、競馬史に残る大舞台を勝った騎手でもあります。
調教師は「勝つ馬を作る」だけでなく、
- 馬を壊さない調整
- 走れる状態まで戻すリハビリ感覚
- 人(騎手・厩務員・スタッフ)を束ねるマネジメント
が要る仕事。30年の騎乗で積み上げた“現場の勘”が、今度は厩舎運営という形で活きるフェーズに入ります。
が要る仕事。
30年の騎乗で積み上げた“現場の勘”が、今度は厩舎運営という形で活きるフェーズに入ります。
まとめ
和田竜二騎手は、1月11日の京都1Rでの落馬によって左手尺骨と左足脛骨を骨折し入院、さらに左膝の手術で靱帯損傷も判明したことで、治療に時間を要する状況になりました。
そのため、騎手免許の有効期限である2月28日までに復帰して騎乗することは難しいと判断し、騎手としての復帰を断念しています。
本人は「最後の騎乗姿を見せられない」ことを悔やみつつ、応援してくれたファンや関係者、そして家族への感謝を言葉にし、調教師という次のステップに専念して進む決意を示しました。
騎手として積み重ねてきた実績と現場感覚は、今度は厩舎運営や馬づくりという形で発揮されていくはずで、区切りの悔しさと同時に“競馬の中で続いていくキャリア”として注目されます。
それでは、ありがとうございました!

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