テレビ討論の現場で、相手の懐に飛び込み“本音”を引き出してきたジャーナリスト・田原総一朗さん。
強烈な仕事の顔が知られる一方で、家庭については多くを語らない印象もあります。
ただ、公表されている範囲を丁寧に拾っていくと、田原さんは人生で2度の結婚を経験し、いずれの妻も乳がんで亡くしていること、そしてその後の暮らしを支えたのが娘たちと仕事だったことが見えてきます。
ここでは「田原総一朗の嫁は誰?」という疑問に答える形で、最初の妻と再婚相手、そして家族の歩みを時系列で整理します。
そこで今回は、
田原総一朗の最初の妻は誰?
田原総一朗の再婚相手は田原節子さん
田原総一朗の嫁との子供は?
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
田原総一朗の最初の妻は誰?

公表情報によれば、田原総一朗さんの最初の妻は「末子(すえこ)さん」。
田原総一朗さんより3歳年上のいとこだったとされています。
そして家族の歩みを語る上で大きな節目となるのが、1983年に末子さんが乳がんで亡くなったという事実です。
この出来事は、田原さんの私生活を大きく変えただけでなく、のちに触れる“再婚”や家族の役割分担にもつながっていきます。
後年の親子対談でも、末子さんの死(1983年)と、その後の家族の動きが具体的に語られています。
田原総一朗の再婚相手は田原節子さん

田原総一朗さんの再婚相手として広く知られているのが、田原節子(旧姓:村上)さんです。
節子さんは元アナウンサーで、社会運動の文脈でも語られる人物として紹介されています。
複数の報道・記事で、田原総一朗さんと節子さんが1989年に結婚したことが確認できます。
そして、もう一つの大きな節目が2004年。
節子さんは、末子さんと同じく乳がんで亡くなったと伝えられています。
介護や看病に関する田原さんの言葉・エピソードも複数媒体で触れられており、夫婦の時間が“表に出にくい私生活”でありながらも、確かに田原さんの人生観に影響していることがうかがえます。
田原総一朗の嫁との子供は?

田原総一朗さんには娘がいることが公表情報から確認できます。
中でも知られているのが長女の田原敦子さんで、テレビ朝日に入社し、番組制作(プロデューサー)として歩んできた人物としてプロフィールが紹介されています。
また、親子対談記事では、娘の一人である和田さんが「自分は田原の最初の妻・末子の娘で、三女にあたる」と述べ、2004年に節子さんが亡くなってからは自分が田原の仕事を助けるようになったと明かしています。
さらに、妻を亡くした後の田原さんを支えた存在として、報道では「3人の娘」が言及されることがあります。
要するに、家族の歩みを時系列で並べると、
- 1983年:最初の妻・末子さん逝去
- 1989年:節子さんと再婚
- 2004年:節子さん逝去
- 以後:娘たちが仕事面・生活面を支える局面が語られる
という流れが、公表範囲でも比較的はっきり見えてきます。
まとめ
田原総一朗さんの「嫁(妻)は誰?」という問いに対して、公表情報で確認できるのは、最初の妻・末子さん(1983年に乳がんで死去)、そして再婚相手・田原節子さん(1989年結婚、2004年に乳がんで死去)の2人です。
その後の歩みでは、娘たちの存在が折々に語られ、特に親子対談では、三女・和田さんが“仕事を助けるようになった経緯”を具体的に明かしています。
テレビで見せる強烈な“公”の顔の裏に、喪失と支え合いを重ねた“私”の時間があった――。
時系列で追うことで、その輪郭が少しだけ立ち上がってきます。
それでは、ありがとうございました!

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