鹿児島県柔道界を長く支え、「会長としての20年」を走り切った北哲郎さんが、92歳で亡くなりました。
訃報に触れると、どうしても“実績の大きさ”に目が行きます。
けれど、この人の物語をいちばん強く照らすのは、むしろ原点=伊集院高校で柔道に向き合った時間なのかもしれません。
そこで今回は、
北哲郎の伊集院高校で始まった「基礎の反復」
北哲郎の20年の会長職を振り返る
北哲郎は「結果」ではなく「積み重ね」が評価された人
3つの観点から迫っていきます。
北哲郎の伊集院高校で始まった「基礎の反復」

北哲郎さんの柔道人生は、伊集院高校で競技を始めたところから動き出した――と報じられています。
柔道は、派手な一本より先に「受け身」「組み手」「礼法」といった、地味で正直な積み上げが来ます。
強さが目に見えるまでに時間がかかる競技です。
だからこそ高校時代の経験は、のちの人生で“折れない芯”になります。
勝つためだけではなく、転んだときにけがをしない、相手を尊重する、続けるために身体と心を整える。
そうした基本が、のちに指導や組織運営へ移ったとき、判断の軸として残っていくのです。
原点とは、才能のきらめきではなく、毎日同じことを丁寧にやり切れる習慣。
伊集院高校の畳の上で身につけた“型”が、そのまま生き方の“型”になった——そんな歩みが想像できます。
北哲郎の20年の会長職を振り返る

北哲郎さんは、県柔道会の会長を長く務め、競技力強化などに尽力したとされています。
組織のトップに求められるのは、スター選手を“当てる”こと以上に、選手・指導者・審判・道場の環境を“保つ”ことです。
たとえば国体のような大舞台を見据えるなら、強化の方針だけでなく、育成の導線、指導者の学び直し、安全管理、遠征・大会運営の細部まで整えないといけない。
そういう“裏方の仕事”は目立ちません。でも、現場はそこに救われます。
そして何より、会長の言葉や姿勢は「県全体の空気」をつくります。
勝負の厳しさを認めつつ、礼節と安全を手放さない。
競技者にとっても、指導者にとっても、“戻る場所”がある——その安心感が、地域の強さになります。
北哲郎は「結果」ではなく「積み重ね」が評価された人

北哲郎さんは、武道功労者表彰(武道功労章)を受け、さらに講道館九段へ。県としても大きな節目になったことが記されています。
鹿児島県の公式発信では、この表彰が「武道の振興に顕著な功績のあった方々を永久に顕彰するもの」であり、県柔道界では初の快挙と紹介されています。
また九段昇段についても、戦績や普及の功績が評価され、県内では24年ぶりの偉業だったと述べられています。
九段という言葉には、強さだけでなく「長い時間、武道を守り、育て、伝えた人」という意味が宿ります。
勝って終わりではない。称号を取って終わりでもない。
次の世代が畳に立てるように、道を整える——その仕事が、最後に一番大きく評価された。
ここに北哲郎さんの“柔道の美学”がある気がします。
まとめ
北哲郎さんの歩みは、伊集院高校で柔道に向き合った“原点”から始まり、県柔道会を20年率いる“責任”へつながり、九段と武道功労者表彰という“積み重ねの証”へ結実しました。
強さとは、派手な瞬間ではなく、礼と基礎を手放さずに続けた年月そのもの。
畳の上で学んだ「一つずつ整える」という姿勢が、地域の柔道を支える力になった——そう言える人物だったのではないでしょうか。
それでは、ありがとうございました!

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