「相手男性に求める年収は4000万円以上」「コンビニに行ったことがない」──そんな歯に衣着せぬ毒舌キャラで、バラエティー番組を席巻していたタレントで医師の西川史子さん。
ミス日本の美人女医として一時代を築いた彼女が、今や表舞台から完全に姿を消しています。
2024年1月1日を最後にSNSの更新は止まり、かつての華やかな生活とはかけ離れた静かな日々を送っているといます。
なぜ、彼女はここまで長期にわたって活動を休止することになったのでしょうか。
そのすべての始まりは、2021年8月のある朝にさかのぼります。
そこで今回は、
西川史子の1度目の脳出血と4か月の入院生活
西川史子はなぜ表舞台から遠ざかった大学院入学から2度目の脳出血
西川史子はなぜ表舞台から遠ざかった後の静かに積み重なった「変化」
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
西川史子の1度目の脳出血と4か月の入院生活

2021年8月、西川に最初の異変が訪れたのは50歳のときでした。
その朝、勤務先の病院に西川が出勤しなかったことを不審に思ったマネージャーが警察立ち合いのもと自宅に入ったところ、リビングで倒れている西川を発見しました。
診断名は「右脳内出血」。
約5時間に及ぶ緊急手術が行われました。
入院生活は4か月に及んだ。退院後、本人はインスタグラムで「左半身の麻痺はまだ完全によくなってはいません。当初はほとんど動かなかったのですが、リハビリによって身の回りのことは自分でできるようになりました」と現状を報告。後遺症と正面から向き合いながら、リハビリを続ける意志を示しました。
しかし、左半身に麻痺が残ったことで日常生活には大きな支障が出しました。
知人によれば、洋服を一人で着るだけでも時間がかかり、軽いものを持ち上げることすら難しい日があったといいます。
かつてバリバリと仕事をこなし、連日パーティーや会食をこなしていた西川史子にとって、それがどれほど過酷な現実だったかは想像に難くありません。
「神様に『これ以上私をいじめないでください』と何度もお願いした」という言葉が、当時の苦しさを如実に物語っています。
西川史子は現在は表舞台から遠ざかった2度目の脳出血

1度目の脳出血を経て、西川史子は前を向こうとしていました。
2023年4月、彼女は母校である聖マリアンナ医科大学の大学院リハビリテーション科への合格を果たします。
「病気になってから、心が晴れた日なんてなかったし、本当に笑えたこともありませんでしたが、さすがに今日は嬉しかったです」──合格証の写真とともにそう投稿した彼女の言葉には、病に打ちのめされながらも再起を誓う強さがにじんでいました。
自身も患者として医療を経験したことで、「患者さんの身になって治す力になりたい」という思いが芽生えたと言われています。
50歳を過ぎての学び直し。
大学院の入学式には尊敬する父と母も駆けつけ、新たな一歩に胸を膨らませていました。
ところが、その喜びも長くは続かなかった。
大学院生として医局員として白衣姿で初出勤したわずか1か月後の2023年6月、脳出血が再発してしまいました。
再び自宅で倒れているところを関係者が発見し、緊急搬送された。
2021年と同じ病気が、同じように西川史子を突き倒しました。
同年11月には回復期リハビリテーション専門病院に入院していることが報じられ、「寝たきりにさせない」をモットーとするその病院で、必死のリハビリが続きました。
西川史子の現在の表舞台から遠ざかった後の静かに積み重なった「変化」

2度目の脳出血から半年以上が経過した2024年1月1日、西川史子さんは「一昨年脳出血になって今日も変わらず病院でリハビリです。今年もどうぞよろしくお願いします!」とインスタグラムに投稿しました。
そして、それが最後の更新となりました。
その後、西川史子さんをめぐっては静かながらも大きな変化が相次ぎます。
2014年から10年間住み続けた都内一等地の1億円の高級マンションを、2024年12月末に売却。
かつて複数のクリニックで勤務医として働いていたが、すでに退社しているクリニックも複数あり、残るクリニックも現在は休職中の状態だといいます。
かつて「港区は私の庭みたいなもの」と語り、大勢の知人を呼んでフロア一杯に打ち上げを開いていた面影は今はない。行きつけだった店にも、もう姿を見せることはなくなりました。
一方で、所属事務所のホームページには今もなお西川史子さんのプロフィールが掲載されたまま。
芸能プロ関係者は「これは彼女に復帰する意志があり、その時に備えて日々のリハビリに励んでいることの表れではないか」と語ります。
最新の報道によれば、長期入院を経て現在は退院しており、病院へは外来で定期的に通院できるようになったという。杖をつきながらも、着実に一歩一歩を踏みしめているといいます。
まとめ
西川史子さんが表舞台から遠ざかった最大の理由は、2021年と2023年という2度にわたる脳出血でした。
最初の発症で左半身に麻痺が残り、リハビリと闘いながら再出発を誓った矢先、2度目の発症が彼女から芸能活動の場を完全に奪いました。
SNSの停止、マンションの売却、クリニックの退社と休職──それらはすべて、回復に全力を注ぐための環境整備であり、逆に言えば、それだけ病状が簡単ではなかったことを示しています。
それでも「復帰する意志がある」とされる今、多くのファンや関係者が彼女の回復を心から願っています。
毒舌女医として画面を賑わせたあの笑顔が、いつかまた戻ってくることを祈りたいと思います。
それでは、ありがとうございました!

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