2026年2月下旬、出版関係者の間に静かな衝撃が走りました。
日本最大級の出版取次会社・トーハンの元代表取締役社長・会長である上瀧博正(こうたき・ひろただ)氏が、2026年1月6日に96歳で逝去されていたことが、各紙の訃報報道によって明らかになったのです。
葬儀はすでに近親者のみで静かに執り行われており、訃報が世間に伝わったのは一カ月以上が経過した後のことでした。
トーハンは追悼記帳所を2026年3月4日〜6日に東京・新宿区の本社1階に設置し、業界内外からの弔意を受け入れました。
在任中、「トーハンの天皇」と呼ばれるほどの絶大な影響力で出版流通の世界に君臨し続けた上瀧氏とは、いったいどのような人物だったのでしょうか。
確定している経歴と功績をもとに、その人物像を深掘りしていきます。
そこで今回は、
上瀧博正さんの経歴中での生い立ちとトーハン一筋60年の軌跡
上瀧博正さんの経歴と功績の中での業界への影響力
上瀧博正さんの経歴と功績の中での人物像に迫る
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
上瀧博正さんの経歴中での生い立ちとトーハン一筋60年の軌跡

上瀧博正氏は、1929年(昭和4年)12月12日、福岡県に生まれました。
昭和初期の動乱の時代に育ち、中学時代には戦時下にあっても漢文の授業で李白や杜甫の詩を暗記したといいます。
後年のインタビューで「漢字が好きで、漢字には素晴らしい表現力がある」と語っていたように、文字・出版への深い愛着は、この少年時代に芽生えたものと思われます。
1953年(昭和28年)3月、中央大学法学部を卒業。
その直前の同年2月に、すでに東京出版販売株式会社(現・株式会社トーハン)に入社しており、卒業と同時に社会人としてのスタートを切りました。
以降、上瀧氏のキャリアはほぼ全てトーハン一社に捧げられることとなります。
入社後は着実に実力を積み重ね、1978年(昭和53年)に取締役に就任。
1985年(昭和60年)には常務取締役、1988年(昭和63年)には専務取締役へと昇進しました。
そして1991年(平成3年)6月、ついに代表取締役社長に就任します。
この時点ですでに入社から38年が経過しており、まさに叩き上げのトップ就任でした。
1999年(平成11年)6月には代表取締役会長に退き、2010年(平成22年)6月からは取締役相談役に就きました。
社長就任から実に21年間にわたり、トーハンの経営中枢に居続けたことになります。
2012年(平成24年)、82歳でついに相談役を退任。
同年、長年の出版文化振興への貢献が認められ、旭日小綬章を受章されました。
経歴ダイジェスト
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1929年 | 福岡県に生まれる |
| 1953年 | 中央大学法学部卒業・トーハン入社 |
| 1978年 | 取締役就任 |
| 1985年 | 常務取締役就任 |
| 1988年 | 専務取締役就任 |
| 1991年 | 代表取締役社長就任 |
| 1999年 | 代表取締役会長就任 |
| 2010年 | 取締役相談役就任 |
| 2012年 | 相談役退任・旭日小綬章受章 |
| 2026年 | 1月6日、96歳で逝去 |
上瀧博正さんの経歴と功績の中での業界への影響力

上瀧博正氏が出版業界に与えた影響の大きさは、その異名からも明らかです。
「トーハンの天皇」——この強烈な呼び名は、1991年の社長就任以来、約20年にわたって出版流通業界に絶大な発言力と実権を持ち続けたことへの、業界内の評価そのものといえます。
トーハンは1949年(昭和24年)創立の出版取次大手であり、出版社と全国の書店・コンビニエンスストアを結ぶ物流・流通の要として機能してきました。
上瀧氏が社長に就いた1990年代は、出版市場がバブル後の調整期を迎えつつも、雑誌・書籍の販売が依然として活況を呈していた時期です。
上瀧氏の在任中に特筆すべき功績の一つが、アジア圏への積極的な事業展開です。
1990年には台湾トーハン(台湾東販)の設立に関与し、日本の出版コンテンツを台湾市場に紹介する事業を20年以上にわたって推進しました。
さらに晩年には、中国最大の国家級出版企業との合弁会社「中国出版トーハン株式会社」を設立するなど、中国との文化・出版交流にも尽力されました。
上瀧氏は1982年に初めて中国を訪れて以来、毎年のように現地を視察するほど中国との縁を深め、相談役時代にも「論語や孟子を現代語の新訳で若者に届けたい」と語るなど、日中出版文化の架け橋となることを強く願っていました。
また、全国出版協会の理事長も長期にわたって務め(2018年退任)、出版業界全体の振興・発展に尽くしました。
業界横断的なリーダーとしての顔も持っていたのです。
その強烈な個性と影響力については、2012年に業界誌や経済誌でも広く論じられました。
社長・会長・相談役を通じて経営に深く関与し続け、退任に際しても業界を巻き込む出来事が生じたことからも、上瀧氏の存在感の絶大さがうかがえます。
上瀧博正さんの経歴と功績の中での人物像に迫る

上瀧博正氏を理解する上で欠かせないのが、単なる「辣腕経営者」という枠に収まらない、文化人・思想家としての一面です。
氏のインタビュー発言からは、出版という仕事に対する深い哲学がにじみ出ています。
「本来、出版は自由が原則」「日本人の人間としての基本は、論語などの中国の古典にあった」「漢字は素晴らしい表現力を持っている」——こうした言葉は、売上や部数といった数字だけでなく、出版が文化を運ぶ役割を担うものだという強い信念から発せられたものでしょう。
中国に関しても、政治的な問題については「中国側の事情を尊重する」と現実的な立場を示しつつ、「日本が協力することで自由化を進めることができれば望ましい」と文化的な開放への期待を語りました。
経済人でありながら、文化交流という大きな視野を持ち続けた姿勢は、同業の経営者の中でも際立つものがありました。
鈴木敏文氏(元セブン&アイ・ホールディングスCEO)とは同じトーハン出身のつながりがあり、業界の人脈形成においても卓越した能力を発揮したとされています。
また中央大学の大先輩として同窓からも高く評価され、母校でも語り継がれる存在でした。
96歳という長寿を全うしながら、最後まで出版文化の行方を案じ続けた上瀧博正氏。
その生涯は、日本の出版流通の黄金時代と完全に重なっています。
訃報に接した業界関係者が「一つの時代が終わった」と感じたのも、決して大げさではないでしょう。
まとめ
上瀧博正氏は、トーハン一社に60年近くを捧げ、日本の出版流通を支え続けた立志伝中の人物でした。
社長・会長として約20年にわたり業界をリードしただけでなく、アジアへの事業展開や日中文化交流にも尽力し、その視野は常に国境を越えていました。
数字を追うだけでなく、出版が持つ文化的使命を深く信じ続けた姿勢は、今後も多くの出版人の指針となり続けるでしょう。
それでは、ありがとうございました!

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