2026年2月13日、アパグループは創業者で会長の元谷外志雄(もとや・としお)氏が2月11日に逝去したことを発表しました。
この訃報とともに、多くの人が検索しているのが「奥様は誰?」「夫婦でどうやって会社を大きくしたの?」という疑問です。
この記事では、公式情報をもとに、妻の芙美子氏がどんな役割を担い、夫婦でどのようにアパグループを拡大してきたのかを整理します。
そこで今回は、
元谷外志雄氏の嫁である元谷芙美子氏とは?
元谷外志雄氏の嫁・元谷芙美子氏との結婚から創業へ
元谷外志雄氏の嫁との「二人三脚」の正体
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
元谷外志雄氏の嫁である元谷芙美子氏とは?

まず知っておきたいのは、元谷芙美子氏は単なる「創業者の妻」ではないということです。
芙美子氏はアパホテル株式会社の社長として、長年グループの最前線に立ってきた経営者です。
主な経歴
- 1994年4月:アパホテル株式会社の取締役社長に就任
- 2011年:早稲田大学大学院 公共経営研究科博士課程修了
派手な帽子で有名になった側面もありますが、それだけではありません。
社長として、ホテル事業の成長を最前線で牽引してきた実績があります。
この「社長として前に出る」役割こそが、後述する「二人三脚」の核心部分です。
元谷外志雄氏の嫁・元谷芙美子氏との結婚から創業へ

アパグループの創業
アパグループの公式沿革によると、創業の経緯は以下の通りです。
- 1971年4月1日:石川県小松市で前身の「信金開発株式会社」を設立
- 1971年5月10日:事業開始(創業日)
結婚のタイミングは?
公式サイトに結婚年月日は明記されていませんが、インタビュー記事などでは「芙美子氏が22歳で外志雄氏と出会い結婚、その後1971年に共同で創業」といった経緯が紹介されています。
確実に言えることは、創業のタイミング(1971年)に夫婦が同じ船に乗っていたということ。
つまり、アパは創業当初から「夫婦経営」の色が濃かったのです。
元谷外志雄氏の嫁との「二人三脚」の正体

なぜこの夫婦が「二人三脚」と呼ばれるのか?
それは、役割分担が極めて明確だったからです。
外志雄氏の役割:戦略と意思決定
外志雄氏は創業者として、事業を次々と拡大していきました。
- 注文住宅 → 戸建分譲 → マンション分譲 → ホテル事業 → 総合都市開発
特筆すべきは、バブル崩壊やリーマンショックといった経済危機を「チャンス」に変えたこと。
逆境を成長の機会と捉える戦略眼が際立っていました。
また、ペンネーム「藤誠志」で月刊誌『AppleTown』に社会時評エッセイを長期連載するなど、「経営」と「発信」を両立させた人物でもありました。
芙美子氏の役割:「ホテルの顔」として浸透
一方の芙美子氏は、1994年からアパホテル社長として、ブランドを全国に浸透させる「広告塔」の役割を担いました。
ビジネスホテル業界では、立地・価格・使い勝手が重視されますが、サービスの差別化は難しい市場です。
だからこそ、「覚えられる」強さが重要になります。
芙美子氏は「社長が前に出る」というスタイルで、アパホテルの認知度を高めることに成功したのです。
次世代へのバトンタッチ
2022年には、長男の元谷一志氏が社長兼CEOに就任。外志雄氏は会長となりました。
夫婦での役割分担だけでなく、次の世代への承継まで設計されていた点も、アパの家族経営の特徴です。
まとめ
元谷外志雄氏と芙美子氏の「二人三脚」。
それは単なる仲の良い夫婦の美談ではなく、明確な役割分担による経営戦略でした。
- 外志雄氏:拡大戦略の立案と大胆な意思決定
- 芙美子氏:ホテルの顔として全国への浸透
この分担が、アパグループを日本有数のホテルチェーンへと成長させたのです。
今後、公式から「お別れの会」の詳細が発表される予定です。
それでは、ありがとうございました!

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