「WBCなのに地上波がない?」——そんな驚きと一緒に拡散したのが、侍ジャパン初選出となった菊池雄星投手のコメントでした。
“ネトフリ独占配信”を問われた菊池投手は「複雑な気持ち」と率直に吐露しつつ、「僕らは全力で投げるだけ、プレーするだけ」と結論もはっきり示します。
この記事では、①「複雑」の意味を言葉のまま丁寧に分解し、②視聴環境の変化が何を生むのか、③それでも選手が“やることは変わらない”と言い切る理由を、公表情報ベースで整理します。
そこで今回は、
菊池雄星が明かした「複雑」発言が意味すること
菊池雄星が明かした「複雑」発言何に対して?
菊池雄星が明かした「複雑」発言の正体
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
菊池雄星が明かした「複雑」発言が意味すること

まず事実関係から。
2026年の第6回WBCは、日本国内ではNetflixが全47試合をライブ+オンデマンドで配信し、地上波放送は予定されていない形です。
大会期間は2026年3月5日〜3月18日と案内されています。
ここで大事なのは、視聴者側の体験が“良くも悪くも”変わる点です。
- 良い面:テレビの編成に縛られず、スマホやTVアプリ等で「いつでも・どこでも」見られる。Netflixの案内でも、ライブ/オンデマンドの柔軟な視聴スタイルが強調されています。
- 難しい面:これまで“たまたまTVをつけたらやっていた”層が入りにくくなる可能性がある(=国民的イベント感の担保が課題になりやすい)。
だからこそ、選手に投げかけられる質問も「プレー」だけでなく「野球界の未来」まで含んだ、難度の高いものになっていきます。
菊池雄星が明かした「複雑」発言何に対して?

菊池投手の「複雑な気持ち」は、単なる不満表明ではありません。
ポイントは“前後”にあります。
スポニチの取材記事では、独占配信について「(より多くの人に)見ていただけるチャンス」と認めたうえで「複雑な気持ち」と述べ、最後は「我々がやることは変わらない。全力で投げるだけ、プレーするだけ」と締めています。
つまり、感情は揺れても、結論(=使命)は揺らがない、という構造です。
さらに重要なのが、その直後に語られた“野球人口”の話。
記事内では、菊池投手が野球人口減少への危機感に触れ、「どうすれば…を常に考えている」「憧れであり続けることが一番大事」といった趣旨を語っています。
ここまで読むと、「複雑」の中身は大きく2つに分解できます。
- “見られる機会が増える”期待(配信の強み)
- “届かない層が出るかもしれない”懸念(国民的スポーツとしての接点)
だから菊池投手のコメントは、“配信の是非”の賛否ではなく、野球が次世代に届き続けるかという問題意識に接続しているわけです。
菊池雄星が明かした「複雑」発言の正体

では、なぜ菊池投手は最後に「やることは変わらない」と言い切れるのか。
ここはWBCの位置づけを見れば整理できます。
菊池投手はWBCに向けて「連覇しか目標はない」と語り、初代表としての決意を示しています。
侍ジャパンの公式ページでも、2026年WBCのメンバー/スタッフとして井端弘和監督のもと、菊池投手の名前が掲載されています。
配信形態がどう変わろうと、選手側の本番はシンプルです。
- 結果で語るしかない(勝つことが最大の“普及活動”になる)
- プレーそのものが、次の野球少年少女の入口になる(=憧れであり続ける)
そして、この“考え方の土台”は、菊池投手が自著で「習慣」や「理想の自分」に向かう実践を語る流れとも相性がいい。
PHP研究所の書誌情報でも、77の習慣を軸にした内容であることが示されています。
結局、菊池雄星さんの「複雑」は、視聴者の入口が変わることへの現実的な揺れ。
でもその揺れを抱えたまま、最後は“プレーで示す”に着地させる。
ここが一番、スポーツ選手としての強さです。
まとめ
菊池雄星さんの「複雑な気持ち」は、Netflix独占を一方的に否定する言葉ではありません。
配信は「より多くの人に見てもらえるチャンス」である一方、地上波がないことで“偶然の出会い”が減るかもしれない——その両方を同時に見ているからこそ「複雑」になります。
実際に菊池雄星さんは野球人口減少への危機感にも触れ、選手が憧れであり続けることの重要性を語りました。
そのうえで「やることは変わらない」「全力で投げるだけ」と言い切ったのが、今回の発言の核心です。
視聴環境がどう変わっても、最終的に人を動かすのは“勝負の熱”と“プレーの説得力”。
菊池の言葉は、その一点に覚悟を戻していました。
それでは、ありがとうございました!

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