2026年1月5日、本橋成一さん(写真家・映画監督)の訃報が報じられました。
ポレポレタイムス社の公式お知らせでは、葬儀は本人の遺志により菩提寺で近親者のみ、そして2026年3月に改めてお別れの会を予定(詳細は後日)とされています。
この“静かな送り方”は、作品で人間の営みを見つめ続けた本橋さんらしい、最後のメッセージにも見えてきます。
そこで今回は、
本橋成一の訃報の概要と残した仕事
本橋成一の妻と家族構成は公表されている?
本橋成一の近親者葬と「3月のお別れの会」が示す“守る選択”
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
本橋成一の訃報の概要と残した仕事

報道によると、本橋成一さんは2025年12月20日、長野県茅野市の医療施設で老衰のため亡くなりました(85歳)。
本橋さんの写真は、炭鉱、築地市場、屠場、サーカス、上野駅など、社会の“表通り”からこぼれ落ちがちな現場に光を当て、そこで働き、生きる人々の時間を丁寧に記録してきました。
代表作の一つである写真集『炭鉱(ヤマ)』は太陽賞受賞作としても知られています。
映画監督としても活動し、チェルノブイリ原発事故の被災地を追った『ナージャの村』、そして『アレクセイと泉』など、ドキュメンタリーの分野で強い存在感を放ちました。
さらに、ポレポレタイムス社は2003年から映画館「ポレポレ東中野」運営を開始したことを会社概要で明記しており、本橋さんの活動が「上映の場」づくりにも及んでいたことが分かります。
本橋成一の妻と家族構成は公表されている?

結論から言うと、妻(配偶者)の有無・氏名、子どもの有無などの家族構成は、現時点で公式には明確に公表されていません。
ポレポレタイムス社の公式お知らせは、近親者葬で執り行ったことと、お別れの会を3月に予定していることを伝える一方で、家族の詳細(誰が遺族か、何人か等)には踏み込みません。
また共同通信配信の記事でも、「葬儀は近親者で行った」「後日、お別れ会を開く予定」という情報が中心で、配偶者やお子さんについての具体的な記述は見当たりません。
つまり、追悼の軸はあくまで作品と功績であり、家族については“語らない”選択が徹底されています。
本橋成一の近親者葬と「3月のお別れの会」が示す“守る選択”

ポレポレタイムス社は、葬儀を菩提寺で近親者のみとし、2026年3月にお別れの会を予定すると発表しました(詳細は後日)。
ここに見えるのは、「すべてを公開する」でも「すべてを閉じる」でもない、中間の設計です。
- 葬儀:遺族の時間を守る(静けさ/個人の尊厳)
- お別れの会:作品や場を共有してきた人が、きちんと別れを告げられる場所を用意する
本橋さんの仕事は「見えにくい場所で生きる人」を撮る営みでした。
だからこそ最期も、遺族を“見世物”にしない形で、しかし縁ある人が感謝を届けられる導線だけは残した——それが“守る選択”として伝わってきます。
お別れの会の日時・場所は後日案内予定なので、関心がある方はポレポレタイムス社の公式サイトで更新を待つのが最も確実です。
まとめ
本橋成一さんの妻や家族構成は、現時点で公式に細部まで公表されていません。
一方で、近親者葬で静かに送り、2026年3月にお別れの会を設けるという発表がありました。
公よりも先に家族の時間を守り、それでも縁ある人が感謝を届けられる場は残す——そこに、本橋さんらしい「守る選択」がにじみます。
それでは、ありがとうございました!

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