2025年ミラノ・コルティナ五輪代表にも選ばれ、いま注目度が急上昇しているスピードスケーター・吉田雪乃(よしだ ゆきの)選手。
世界の舞台で堂々と滑る姿が印象的ですが、その裏には地元・岩手で積み重ねてきた努力の歴史があります。
若い頃の吉田選手はどんな日々を過ごし、どう成長していったのでしょうか。
今回は、中学・高校時代に焦点を当てながら、スケートを始めた原点や競技人生の歩みを詳しく紐解いていきます。
そこで今回は、
吉田雪乃の若い頃の氷との出会いとスケートの原点
吉田雪乃の若い頃の練習漬けの中学時代
吉田雪乃の若い頃の盛岡工業高校で実力の開花
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
吉田雪乃の若い頃の氷との出会いとスケートの原点

吉田雪乃選手がスケートを始めたのは、幼い頃。
岩手県は冬の競技が盛んな土地でもあり、スケート環境が比較的身近にある地域です。
リンクに立つ吉田選手の最初の一歩は、のちに世界へ続く大きな一歩となりました。
当時のエピソードとして知られているのが、兄の練習を見に行ったことがきっかけでスケートを始めたという話。
何気なく足を運んだリンクで氷と出会い、その魅力に惹かれていったとされています。
最初はただ楽しく滑るだけだったはずの時間が、やがて日常になり、そして「もっと速くなりたい」「勝ちたい」という気持ちに火がつく。
そんな 小さな好奇心が未来へ繋がる才能を開花させた瞬間だったのかもしれません。
吉田雪乃の若い頃の練習漬けの中学時代

吉田選手の出身中学は 盛岡市立北陵中学校。
中学時代はすでに競技に本格的に取り組み始め、冬はリンク、夏は陸トレや体力作りと、日々スケート中心の生活を送っていたことが伺えます。
学生生活と競技の両立は簡単ではありません。
授業のあとに練習へ向かい、週末は大会遠征や練習会。時には仲間が遊んでいるなか一人でトレーニングを続ける日もあったはずです。
しかし、そこで得たのは「青春の時間をスケートに全て注ぎ込む覚悟」。
努力を積み重ねた経験こそ、今の世界で戦うメンタルの強さへ繋がっているのではないでしょうか。
吉田雪乃の若い頃の盛岡工業高校で実力の開花

高校は 岩手県立盛岡工業高校へ進学。
この頃から吉田選手の名前が競技界で目立ち始めます。
全国大会はもちろん、ジュニアの国際大会でも存在感を示し、世界ジュニアで上位入賞・メダル獲得へと繋がる結果を残しました。
高校生活はより過酷で濃密。授業後の練習、遠征、トレーニング、技術の追求…。
スピードスケートは精神力・体づくり・技術のすべてが求められる厳しい競技ですが、吉田選手は迷わず前へ進んできました。
そして高校卒業後は、株式会社寿広に所属し競技を継続。
企業のサポートを受けながら、スケーターとしてさらに高いステージを目指し成長を続けています。
世界の舞台で滑る姿の裏には、中学・高校で重ねてきた膨大な努力があります。
そのすべてが、現在の吉田雪乃を形作っているのです。
まとめ
吉田雪乃選手は、幼い頃のリンクでの出会いから始まり、北陵中→盛岡工業高と積み上げた努力が今に繋がっています。
- 子どもの頃にスケートと出会う
- 岩手で練習漬けの日々を積む
- 中学・高校で競技と真剣に向き合い、全国・世界へ進む
- 高校卒業後も企業所属で競技を継続
まさに 氷の上で育った才能×努力の結晶。
これから迎える五輪本番、さらに世界で名を轟かせる瞬間が楽しみでなりません。
今後の活躍に注目です!
それでは、ありがとうございました!

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