「友田オレって、どんな“若い頃”を過ごして今の芸風にたどり着いたの?」と思って調べてみると、キーワードは“環境(家)”ד勉強の土台”ד大学お笑いの実戦”でした。
福岡で育ち、久留米大学附設で学び、早稲田でお笑いにのめり込み、歌×フリップという独自の形に磨き上げていった流れが見えてきます。
そこで今回は、
友田オレの若い頃の少年期の“原体験”
友田オレの若い頃の久留米大附設の頃
友田オレの若い頃の早稲田で“芸”に変わる
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
友田オレの若い頃の少年期の“原体験”

友田オレさんの原点を語る上で外せないのが、家の中にあったお笑い環境です。
インタビューでは、父親がメディア関係の仕事をしていて、実家に「M-1」のDVDがあったことが、お笑いに触れる入口になったと語られています。
ここが面白いのは、“ただテレビを観ていた”ではなく、家庭の中にコンテンツが置かれていた点です。
誰かの一言や偶然ではなく、「好きなものが当たり前にある場所」で育ったことが、今のネタ作りの発想力や、“見せ方”への意識につながっているように感じます。
そしてもう一つ、若い頃の輪郭をはっきりさせる要素が家族。
毎日新聞のインタビューでは、3歳上のお兄さんが通っていたことがきっかけで、中学受験を自然と目指したという趣旨の発言も出ています。
“兄の背中を追う”経験は、のちに「先輩が多い大学お笑いの世界」に飛び込む時の、土台にもなっていそうです。
友田オレの若い頃の久留米大附設の頃

プロフィール上、友田オレさんは久留米大学附設高校を2020年に卒業し、早稲田へ進学しています。
母校の同窓誌(2025年の特集)では、恩師との再会の中で、進路の葛藤や「好きなこと」を貫く大切さが語られたことが紹介されています。
この時期は、“秀才”というラベルだけで片付けるより、「得意なこと(勉強)」と「やりたいこと(笑い)」が同時にあった人の、揺れがポイントだと思います。
進学校の空気の中で、自分の好きな方向へ舵を切るのは簡単ではありません。
だからこそ後年、舞台上で「自分の型」を作る粘り強さに、つながっているように見えます。
友田オレの若い頃の早稲田で“芸”に変わる

友田オレさんは、早稲田大学お笑い工房LUDO(22期)出身であることが、所属事務所プロフィールに明記されています。
さらに、お笑いナタリーのプロフィールでは、2022年にLUDO在籍中にYouTubeへ投稿した動画が注目を集めた流れが記載されています。
そして大学在学中の活動として、早稲田公式メディアでは、「ABCお笑いグランプリ」決勝進出が報じられています。
事務所プロフィールでも、デビューからの大会実績(ABC決勝、M-1準々決勝、R-1準々決勝など)とともに、2025年のR-1優勝(史上最年少)がまとめられています。
ここで“若い頃から今につながる原点”として効いているのが、まさに今の武器でもある「歌×フリップ」の独特な形。事務所も「歌とフリップネタを合わせた芸風」を特徴として紹介しています。
学生時代の実戦(ライブ・動画・賞レース)で、手数ではなく“形式そのもの”を研ぎ澄ませていったことが、短期間での跳ね上がりにつながったのだと思います。
まとめ
友田オレさんの若い頃を追うと、今の活躍は“突然の才能”というより、
①家庭で笑いに触れた原体験
②受験や進路の葛藤で作られた粘り強さ
③早稲田での実戦を通じて「歌×フリップ」を型にしたこと
この3つが一本につながって、“現在”に到達している印象です。
それでは、ありがとうございました。

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