X JAPANのギタリストとして世界的に活躍した故hideさん。
その弟であり、兄の遺志を継ぎ活動を支えてきた松本裕士さんが、2025年10月1日に自身のSNSを更新し、実父・松本満さんの訃報を伝えました。
享年93歳。「兄のところへ旅立ちました」という言葉には、hideさんへの深い想いと家族の絆がにじみ出ています。
今回の記事では、松本裕士さんの報告内容や、父・満さんの人柄、そして“最後は笑顔で見送った”という言葉に込められた意味について詳しくご紹介します。
そこで今回は、
hideの父・松本満の突然の訃報と松本裕士さんのメッセージ
hideの父・松本満さんの人柄と家族との絆
“最後は笑顔で見送りました”の意味
3つの観点から迫っていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう。
hideの父・松本満の突然の訃報と松本裕士さんのメッセージ

松本裕士さんがSNSで父の死去を報告したのは10月1日。
「9月24日に父93歳 松本 満が兄のところへ旅立ちました」と綴り、父の旅立ちをファンや関係者に伝えました。
続けて「生前お世話になった皆様、心より感謝申し上げます」と感謝を表し、突然の報告であることを詫びるように「ありがとうございました」と投稿を締めくくっています。
葬儀・告別式は近親者のみで執り行われ、静かな見送りの場となったことも報告されました。
大きな芸能ニュースとして取り上げられたわけではありませんが、ファンの間では「hideさんのお父様、安らかに」「天国で息子さんと再会してほしい」といった追悼の声が広がっています。
hideの父・松本満さんの人柄と家族との絆

松本裕士さんの投稿の中で特に印象的なのは「父は楽しい事が大好きでした」という言葉です。
hideさんの明るくユーモアにあふれるキャラクターにも、父・松本満さんの影響があったのではないかと想像されます。
hideさんは生前、ステージ上では激しいパフォーマンスを見せながらも、仲間やファンに対しては優しさと温かさを持ち続けていました。
その根底には、自由で明るい父の存在があったのかもしれません。
また、松本裕士さんは生前から兄・hideの音楽活動を陰で支え、没後もファンイベントやメモリアル事業を通じて“hideの魂”を継承してきました。
今回の報告からも、家族全体が互いを支え合ってきた強い絆が感じられます。
“最後は笑顔で見送りました”の意味

裕士さんは投稿の最後に「父は楽しい事が大好きでした。最後は笑って見送りました」とも記しています。
この言葉は、悲しみに沈むのではなく、故人の人生を祝福し、明るく見送ったことを示しています。
日本の葬儀文化では、涙ながらの別れが一般的ですが、近年は「送る側も笑顔で見送る」という形が少しずつ広がっています。
満さんの人生が楽しく豊かだったこと、そしてその生き方に家族が感謝しているからこそ、“笑顔での見送り”ができたのでしょう。
さらに「兄のところへ旅立ちました」という言葉からは、亡きhideさんが父を迎えにきたような、家族の物語を想起させます。
ファンにとっても、天国で再会した二人が共に笑顔で過ごしている姿を思い描くことで、少しの慰めとなったに違いありません。
まとめ
今回の訃報は、X JAPANのファンやhideさんを愛する人々にとっても胸を打つものでした。
- 9月24日、hideさんの父・松本満さんが93歳で逝去。
- 弟・裕士さんがSNSで「兄のところへ旅立ちました」と報告。
- 「楽しい事が大好きな父を、最後は笑顔で見送った」との言葉に、家族の温かさが表れています。
hideさんの音楽と魂は今も多くの人の心に生き続けています。
そして、その背景には明るく温かい父・満さんの存在があったことを改めて思い出させてくれる出来事でした。
それでは、ありがとうございました!
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