横澤夏子さんは、「ちょっとイラッとくる女」や「音楽の先生」など、日常の“あるある”を鋭く突いたネタで芸人としてブレイクしています。
バラエティ番組はもちろん、近年では株式会社ラクスが提供する「楽楽精算」「楽楽明細」のCMでも親しみやすいキャラクターとしておなじみです。
独自の観察力と表現力で共感を集める横澤さんの魅力のルーツは、学生時代のある決意にあります。
今回は、彼女の経歴をたどりながら、芸人としての成長の軌跡と人気ネタ誕生の背景に迫ります。
そこで今回は、
横澤夏子の経歴
共感力と観察眼が光るネタの原点
私生活でも奮闘中のママ芸人
主にこの3つについて迫っていきます。
それでは早速本題に入りましょう!
横澤夏子の経歴

横澤夏子さんの経歴はどのようなものなのでしょうか?
以下、学生時代から芸人時代まで見ていきましょう。
学生時代の活躍
横澤夏子さんは1990年7月20日、新潟県糸魚川市に生まれました。
小学校は糸魚川市立大和川小学校、中学校は糸魚川東中学校、高校は県立糸魚川高校を卒業。
幼い頃から卓球を習い、中学1年で県大会優勝、生徒会長も務めるなど、活発で人前に立つのが好きな少女でした。
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生徒会の副会長を務めるなど、一言で表すと“出たがりの優等生”です
出典:キャリタス進学

高校でも卓球部に所属し、生徒会副会長として学校生活を支える一方で、お笑いへの情熱を持ち続け、同級生と組んだコンビ「にんまり」でM-1甲子園新潟予選に出場。
三者面談の前日には「お笑い芸人になる」と決意し、大学進学ではなく吉本総合芸能学院(NSC)東京校15期生として2009年に入学するという行動力を見せます。
芸人としての活躍
NSCでは、ニューヨークや鬼越トマホーク、おかずクラブらと同期に。
2010年にはヨシモト∞ホールでピン芸人としてデビューし、翌年にはTBSの「パワー☆プリン」へのレギュラー出演が始まりました。
転機となったのは2015年、ヨシモト∞ホールの若手芸人コンテスト「彩バトル」で女性初の優勝を果たしたこと。
2016年には「R-1ぐらんぷり」で決勝進出を果たし、一気に知名度が全国区に。
「王様のブランチ」「バイキング」などのレギュラー番組にも出演し、年間261本という驚異のテレビ出演本数を記録します。
さらに、女優としても活動の幅を広げ、ドラマ『俺のダンディズム』や『重版出来!』などに出演。
2018年には主演映画『えちてつ物語~わたし、故郷に帰ってきました。』も公開されました。
共感力と観察眼が光るネタの原点

横澤さんの魅力は、日常の人間観察から着想を得た“共感型ネタ”。
代表作「音楽の先生」は、合唱曲が好きだった自身の体験をもとに作られたもので、独特の歌い方や言い回しが話題に。
全国の学校で真似をする生徒が続出し、音楽教師から「授業にならない」と苦情が寄せられるほどのインパクトでした。
“観察力”と“共感力”に裏打ちされたそのネタは、視聴者に「いるいる!」と笑わせながらも、「自分もそうかも…」と気づかせる力を持っていました。
うざい女の人って幸せな人が多くて、幸せな気持ちを自分だけに留めておけばいいのに、『私は恋愛を休む時期なの』っていう発言をしたりして『なんて幸せな言葉! 私も言いたいって思いながら、演じています(笑) 』。
出典:b-eo
ネタの多くは、かつてのルームシェア仲間や婚活パーティーで出会った女性たちからインスピレーションを得ているそうです。
私生活でも奮闘中のママ芸人

横澤夏子さんは、テレビや舞台での活躍に加え、私生活では2児の母としても奮闘しており、“ママ芸人”として多くの共感を集めています。
2017年には、100回以上参加した婚活パーティーで出会った1歳年上の会社員男性と交際1年半を経て結婚。
その後、2020年と2021年に娘を出産し、現在は育児と芸能活動を両立する生活を送っています。
ちなみにふたり目の時は迷わず、無痛分娩を選びました。
出典:miki HOUSE 妊娠・出産・子育てマガジン
彼女は自身の結婚・育児経験をネタやトークに取り入れながら、働く母親としてのリアルを明るく発信しており、同世代の視聴者を中心に高い支持を得ています。
まとめ
横澤夏子さんは、学生時代に芸人を志し、自らの観察力と行動力を武器にお笑い界で活躍してきました。
女子あるあるネタやリアルなキャラクター描写でブレイクを果たし、近年ではCMやドラマ、映画でもその存在感を発揮しています。
今後は、芸人・女優・母親という多面的な魅力を生かしながら、さらに多くの人に共感と笑いを届けてくれることでしょう。
それでは、ありがとうございました!
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